目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 モフモフ大好き結姫さん

 真っ暗。

 意識が覚醒して、目を開けても視界が変わらない。


 背中にひやりとした冷たさと、固い感覚。

 どうやらコンクリートか石の上に寝ていたようだ。


 えーっと、なにしてたんだっけ、オレ。


 起き上がろうとすると、全身に痺れのような痛みが駆け抜ける。


「……っ」


 その痛みでぼんやりとした意識と記憶がはっきりとする。


 そうだった。

 ついカッとなって返還対象である源五郎丸に殴りかかったら、あっさり返り討ちになったんだったな。

 相手の出方とスキルを見るためとはいえ、少し軽率だった。


 となるとここは牢屋ってところか。


 当然だが手当てはなし。

 まあ、身ぐるみ剥がされなかっただけマシだろう。


 本当はもっと寝ていたいところだが、こんなところで長々と休んでいる場合じゃない。

 腹具合からして、3時間くらいは経ったようだ


 思ったよりも時間は経っていないが、タイムリミットは3日しかない。

 1分1秒を無駄にはできない。

 とりあえず、ここから出ないとな。


 体を起こすと激痛が走る。

 痛みはあるが、動けないほどじゃない。

 どうやら手加減されたようだ。


 魔王を倒すほどの力があるのなら、オレを消し炭にするのなんて簡単だったろうに。

 それをしていないということは、オレから情報を搾り取るためだろうな。

 この後、拷問されるのは確定だな。

 しかも、源五郎丸の性格を考えるに、あいつ自身が喜々とやってくる可能性が高そうだ。


 可愛い女の子にならやぶさかでもないが、あんな野郎に拷問されるのは御免こうむりたいな。 


 さてと。

 そろそろ目も慣れてきた。

 ぼんやりしていた視界が次第に鮮明になり、周囲が見えてくる。


 ここは――牢屋、というより独房か。


 コンクリートに囲まれた、窓もない部屋。

 当たり前だが、ドアは鉄でできていて、しっかりと閉まっている。

 ただ、見張りの気配を感じない。

 余程、ドアを破られない自信があるらしい。


 コンコン。


 とりあえず、ドアを叩いてみる。

 かなり分厚そうなドアだ。

 確かに、ぶち破るのは無理だな。


 さて、どうするか。


 と思っていたら――。


 ギィとドアが開いた。


「起きたみたいね。行くわよ」


 ドアを開け、現れたのは結姫だ。

 人の気配がしなかったのは監視員を結姫が眠らせたくれたからだった。


「悪いな。また待たせちまって」

「別に」


 そう言って歩き出す結姫。


 おそらく、オレが目覚め、動けるまで回復するのをドアの外で待っていてくれたんだろう。

 無表情でぶっきら棒で口数が少なくて毒舌で誤解されがちだが、結姫は本当に優しい。


 周りからはよく結姫と長い時間一緒にいられるなって言われるが、オレにとっては最高のパートナーなのだ。

 オレはそんな最高のパートナーの後を追って、歩き出した。




「で、これからどうする?」


 宮殿内の独房から抜け出し、腹ごしらえのために街の酒場で飯を食いながら作戦会議をしている。

 酒場はピークの時間なのか、かなり賑わっていた。

 テーブルを挟んで向かい合っている結姫と会話をするのも一苦労だ。


 結姫は声が小さいから聞き取れず、結局は唇を読むしかないのだが。


 鳥を揚げた料理をフォークで刺し、口に運びながら、結姫の返答を待つ。


 にしてもこの世界の料理は美味いな。

 ちょっと辛めで、味が濃いからオレ好みだ。

 逆に結姫は口に合わないから、ほとんどオレしか食っていない。


「って、聞いてるのか?」

「……え? なに?」


 結姫はこっちに視線を向けず、ずっと膝の上の三毛猫を撫でている。

 随分と小さい。

 まだ子猫なんだろう。

 さっきから結姫の反応が悪いのは、猫に夢中だからだ。


「そもそもどこで拾って来たんだ? その猫」

「宮殿」

「あー、拾ってきたんじゃなくて誘拐してきたのか」

「違う。この子が買ってほしいって言ってきた」

「嘘を付くな」


 結姫はそう言いながら、子猫の耳を優しくつまむ。

くたりと耳を倒しながら、猫は気持ちよさそうに目を細めた。


 独房の外でオレを待っていたのではなく、単に猫と戯れてただけだった可能性が高いな。


 飲食店に動物を連れ込むのはまずいんじゃないかと思うが、特に誰も何も言って来ない。

 というか、よく見ると動物連れの客もちらほらいる。

 この世界では動物を連れてくるのは普通なのかもしれない。


「あんまり可愛がると、帰るとき辛くなるんじゃねーの?」

「大丈夫。責任もって連れて帰る」

「全然、大丈夫じゃねえ。異世界のものを持って帰るのはご法度だろ。そもそも生き物を連れ帰るのは無理なんじゃねぇの?」

「じゃあ、帰らない。この世界に住む」

「……死ぬだろ」


 今は時間がないってことで焦ってるんだっつーのに。


 それにしても結姫は動物好きだったのか。

 興味があるものがないと思っていたが、夢中になれるものがあるようで安心した。


 が、それはそれだ。


「まずは情報を整理するぞ」

「うん」


 結姫は猫を撫でるのをやめて、オレの方を見る。

 すると膝の上にいた猫は結姫の肩の上に移動した。


 ……どれだけ懐いてんだよ。


「源五郎丸は力だけを召喚することができる」

「というより、常に使役している魔物の力を纏わせてるって感じか」

「源五郎丸に危害が加わろうとしたら、自動的に発動する」

「ああ。だから、寝首をかこうとしても無理そうだな」

「使役している魔物を対処するしかない」

「正攻法しかないってことか……」


 まずは源五郎丸を追い詰め、使役している魔物を呼び出させる。

 そして、その魔物を倒せば、源五郎丸を覆っている力を消せる。

 その力がなければ、源五郎丸をフルボッコにするのは簡単だ。


 ただ、その魔物を倒すというのがハードルが高い。


「……支部長の作戦を実行するしかない」

「え? オレを犠牲にする気か?」


 結姫が真剣な目をしている。

 本気だ。

 本気でオレを犠牲にする気だ。

 やだ、怖い。


「囮は私がやる」


 オレは大きくため息を吐く。

 結姫がそう言い出すことはなんとなくわかっていた。


 やっぱり結姫は優しい。


「嬉しい申し出だが、そりゃ悪手だ」

「なぜ?」

「まず、オレはもう面が割れてる。結姫が囮になっても、源五郎丸はオレを警戒し続けるはずだ」

「……私の存在も気付かれている」

「そうだな」


 オレがこうして独房から脱出していることで、源五郎丸は仲間の存在に気付いている。

 オレへの見張りを少なくしたのも、仲間が助けに来るかを見るためかもしれない。


「けど結姫は、顔まではバレてない。そこがポイントだ」

「……そうだけど」


 存在はバレていても、顔が割れていなければ隙を突きやすい。

 だからオレが囮をやる方が合理的だ。

 もちろん、それは結姫も気付いているはず。


「大丈夫だって。やつの戦い方はわかった。逃げに徹するなら余裕だ」

「……」


 まだ納得がいっていないような顔をしている結姫。

 一見、無表情に見えるけど。


 だが、身体能力はオレの方が遥かに上だ。

 今回はスキルよりも攻撃を避けるための運動能力の方が重要になる。


「けど、やつを誘き出す方法が思いつかねぇ。宮殿を壊していいなら楽なんだけどな」

「すぐに考える。完璧な作戦を」


 いつになく真剣な目だ。

 結姫なら言った通り完璧な策を練るだろう。


 オレの危険度が最大限下がるような策を。


 だから、オレは戦闘のことに集中すればいい。

 結姫を信じて。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?