宮殿は思ったよりも小さかった。
とはいっても、ちょっとしたアリーナくらいはある。
ただ、小さいながらも贅を尽くした作りになっていた。
廊下も大理石のような光沢のある石でできている。
街で情報収集したとき、この国の歴史は古く、二百年は続いていると聞いた。
さらに魔王の侵略によって経済が壊滅的な打撃を受け、長らく質素な暮らしを強いられていたらしい。
「なんか、イメージと違うな」
宮殿の中を慎重に進みながら、建物の構造を頭に叩き込む。
幸い、昼間だが兵士や従者は見当たらない。
奇妙なことに、宮殿なのにガランとした印象だ。
「建て直したか、新築じゃない?」
「んな金があるとは思えんけどな」
「それは魔王がいたときの話」
「あ、そっか」
隣を歩く
確かに街中は完全に復興されていて、活気に満ちている。
おそらく、ちょっとしたバブル状態なのだろう。
脅威がなくなった市民は浮かれて財布の紐も緩むし、商売を始める人間も多くなるはずだ。
結果として、国の財政も潤っているとみて間違いない。
「王も浮かれてるってことか。この国も長くは持ちそうもねーな」
「……王が命令したとは限らない」
「はあ? 王以外に宮殿を建てるように命令できるようなやつなんて……」
いる。
魔王を倒し、この世界に平和を持たせた英雄。
王からすれば、魔王を超える新たな脅威ってところか。
しかも、寄生虫として粘着してくる分、魔王よりも厄介かもしれない。
「宮殿を見る限り、派手好きね。源五郎丸は」
「それなら先に国王の方に行ってもいいかもな。邪魔な英雄を連れ帰ってやるっていえば、協力してくれるだろ」
「そうね。でも戦力としては返って足手まとい」
「兵士って言っても普通の人間だしな」
「――それに」
結姫がピタリと立ち止まり、人差し指を口に当てる。
促されるまま耳を澄ますと、近くの部屋から下品な笑い声が聞こえてきた。
「ぎゃはははは! もっとだ! じゃんじゃん食い物持ってこい!」
十中八九、源五郎丸の声だ。
たった1台詞で権力を振りかざすクズ野郎だと自己紹介してくれた。
わかっていたことだが、交渉は通じないし、抵抗されるのは確実だな。
「……」
結姫は声の聞こえた部屋の扉の前に立ち、手を伸ばす。
オレはその手首を掴んだ。
「おーっと、ちょっと待った」
「なに?」
「中がどうなってるかはわからねーが、このまま入れば、源五郎丸に気付かれる可能性があるだろ?」
「ドアを開けずに中に入る。つまりドアを蹴破って入るのね」
「もっと目立つだろうが」
結姫は頭が切れるが、天然なところもある。
それが可愛い……なんて考えた瞬間、
「……っ」
まるで背骨に氷柱を突っ込まれたような感覚。
結姫の殺気だ。
天然な一面もあるが、オレの思考を読んだように鋭いところもある。
たぶん、可愛いなんて考えてたのがバレたんだろう。
「なら、どうやって入るの?」
あ、違った。
単にオレが何をしようとしているのかわからなくて悔しかっただけのようだ。
「まあ、もう少し待ってみようぜ」
そう言ってドアの横の壁に寄りかかると、結姫も戸惑いながらもオレの隣に来る。
「おらぁ! 早く持って来いって言ってんだよ!」
部屋の中からまた声が響く。
少しするとドアが開き、部屋の中から五十歳くらいのおっさんが出てきた。
服装は街の人たちとは異なり、簡素ながらも高級なものだ。
従者には見えない。
貴族だろうか。
「ったく、儂を誰だと思ってるんだ」
男は口をとがらせ、ぶつくさと呟く。
その背後に回り込み、オレは素早く口を塞いだ。
「んー!」
「わりぃが、お昼寝の時間だ。あと、服も借りるぜ」
そう言ってニンマリとしたオレの横で、結姫が呆れたように溜息をついたのだった。
「ちーっす。お待たせしましたー」
オレは巨大な鳥の丸焼きを乗せた皿を抱え、部屋に足を踏み入れた。
見上げるほど広い室内の中央には四角く長いテーブル。
座っているのは全部で十人ほど。
全員がさっきのおっさんのように、高級そうな服を身に纏っている。
まるで真昼間から開かれる貴族の晩餐会。
いやはや、実に優雅なご身分だな。
一番上座には、やたらギラついた装飾品を散りばめた服を着たやつがいる。
年齢はオレと同じくらい。
前髪ぱっつんの黒髪、まるでヘルメット。
体格は小柄だが、顔には陰険さがにじみ出ている。
指令書で見た通りだ。
間違いない。
こいつが源五郎丸だ。
見た目だけなら秒殺できそうだが、スキルを持つ者に体格は関係ない。
そのくらい、スキルがあるのとないのとでは、埋められない差がある。
だからこそ、スキルがないオレは策を弄して戦わなきゃならない。
「遅いぞ! ってか、なんだ、お前? カリムはどうした?」
「あー、いや、酒を飲み過ぎたってんで、部屋で休むだそうです」
「んだよ。だらしねぇな。そんなんで大臣が務まるのかねぇ、なあ?」
源五郎丸が隣の老人に話を振る。
六十代の白髭をたくわえた小柄な男。
頭には王冠。
たぶん、この男がこの国の王なのだろう。
国王を自分より下座に座らせるのか。
どうやら、権力を誇示したがる性格で確定だな。
自分が一番でなければ気が済まないタイプか。
その証拠に部屋の中に女がいない。
大概、こういう場には華やかさを求めて、美女を侍らせるもんだ。
うーん。
風景的に、実にむさ苦しい。
まあ、考え方によっては、この部屋でバトルになっても被害はおっさんたちだけなので気が楽だ。
周りを気にしなくて済みそうなのはやりやすい。
「おい、なにやってんだ。早く料理を持ってこい」
「はいはーい。ただいまー」
込み上げる怒りを笑顔で押し殺し、オレは源五郎丸のところへ小走りで向かう。
そして、源五郎丸の前に皿をドンと置く。
「さささ、どうぞどうぞ。んまいですよ」
「何言ってんだ。俺様がこんな貧乏くさい料理を食うわけないだろ」
「へ? じゃあ、誰が――」
瞬間。
後頭部をガシッと掴まれ、顔面が鳥の丸焼きに叩きつけられる。
「お前が食うんだよ! 全部、一人で。制限時間は3分。食えんかったらペナルティな」
グリグリと料理に顔を押し付けられながら、やつの声がねっとりと耳に入ってきた。
――かっちーん。
決めた。
このクズ野郎はここでブチのめす。
オレはやつの手を払いのけて振り返り、顔面に向かって拳を繰り出す。
この近距離。
この部屋の広さ。
魔物召喚なんて悠長なことはできまい。
近づいちまえばこっちのもんよ。
オレの拳がやつの顔面にめり込む――はずだったのだ。
が。
バチィン!!
見えない壁に弾かれる。
「……バリアか!」
すぐにやつから距離を置くため、後ろに飛ぶ。
「おいおいおい。まさか、俺様に逆らう奴がいるなんてな。大したもんだが――後悔させてやる」
源五郎丸はニヤリと笑い、右手を広げる。
次の瞬間、手のひらから光が収束し──爆ぜた。
まるでドラゴンのブレスのように。
轟音。
灼熱の奔流。
回避する間もなく、オレの身体は弾き飛ばされた。
視界が暗転し、意識が刈り取られた。