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第4話 ドラゴンがいるのかよ…

 エージェント用の転送装置の扉を潜り、返還対象がいる世界にやってきた。

 いきなり街中に出ると、その世界の住人に見られてしまう可能性が高いから、辺鄙へんぴな場所を選んでいる。

 たとえ、この世界の人間が異世界から人間を召喚できる術を知っていたとしても、自由に行き来できるということを知られるわけにはいかない。


 異世界に干渉しようと考える輩が出てくるとも限らないからな。


 とにかく、オレたちは何もない平原に出た。

 日本とは違い、人工的な建設物がなにもない。

 青々とした草原がどこまでも広がり、優しくそよぐ風が頬を撫でる。

 聞こえてくるのは鳥の囀りと、遠くで流れる小川のせせらぎ。

 そこにはのどかな風景が広がっている――はずだった。


 突如、頭上から爆音とともに空気の振動が襲い掛かってきた。

 大気が裂けるような轟音が鼓膜を打ち、体全体が揺さぶられる。

 思わず膝を折りそうになるほどの衝撃だ。


 咆哮。


 見上げると、巨大な影が悠然と空を舞っている。

 鱗は黒曜石のように光を反射し、太陽の下で鈍い輝きを放つ。

 翼は広げるだけで数十メートルはあろうかというほど巨大で、羽ばたくたびに突風が吹き荒れる。

 黄金の瞳がこちらを射抜くように見据え、喉奥から低いうなり声を漏らしている。


「……なんだ、ありゃ?」

「竜。西洋風に言うならドラゴン」

「いや、見りゃわかるよ」

「なら、なんで聞いたの?」

「……」


 そう。

 結姫ゆいひめの言う通り、空には巨大なドラゴンがいる。

 大きさは十メートルはくだらない。

 分厚い鱗に覆われた体躯は、まるで要塞のようだ。


 ゲームとか漫画で見れば格好いいと思うが、実際に、現実で見ると恐怖という感情しか出て来ねえ。

 そういえば、はこれまでに異世界へ何度も足を踏み入れたが、ドラゴンを見たのは初めてだったことに気づく。

 こんなに絶望的なら見たくもなかったな。


 漫画やゲームの主人公は一撃でドラゴンを倒したりするが、あれは創作だからこそできるんだ。

 あんなの勝てる気がしねぇよ。


「よし、帰って始末書書こうぜ」

「同意すると思う?」

「ですよね」


 結姫は絶対に任務放棄はしない。

 現に今まで一度も任務放棄どころか、失敗もしたことがない。


 まあ、それなりに苦労はしてるが。

 オレもそれに付き合わされて、何度死にそうになったことか。

 オレからしたら、楽な任務と返還対象が女の子のみをこなせばいいと思うんだが。

 報酬もそんなに変わらねーんだし。


 けど、結姫は妥協しない。

 割り当てられた任務は絶対にこなす。


「けど、どうすんだ、結姫。あれを倒す策はあるのか?」

「……」


 既に数キロ先へと飛んで行っているドラゴンを見ながら問いかける。

 さすがの結姫もすぐには策が出てこないか。


 とはいえ、オレたちには3日しか猶予はない。

 『転生』をしたわけではないオレたちが異世界に長くいると肉体が崩壊していく。

 身体に影響がないのが3日というわけだ。


 なので3日以内でケリをつけなければならない。

 対人間相手なら何個か策を練ればいい。

 最悪、前のように正面突破でもなんとかなる。


 だが、あんな巨大なドラゴンを相手に、さらに空を飛べるようなもんを倒す策を3日で考えろと言う方が無茶な話だ。


「まずは情報収集が必要」


 そう言うのと同時に、結姫は遠目に見える街に向かって歩き出す。

 オレも併せて結姫の後を追う。


 いつもよりも歩くスピードが速い。

 それが、結姫の焦りを物語っていた。


 街へ向かう途中、遠くにそびえる城塞が視界に入る。

 この世界の権力の象徴であり、そして返還対象が住まう場所――。


 源五郎丸げんごろうまる


 勇者として召喚され、魔王を倒し、今やこの国の英雄だ。

 だが、オレたちエージェントの視点では、やつは異世界に居続ける危険な存在でしかない。


 そんな、源五郎丸が持つスキルはトレーナー。

 ワンチャン、魔王が激ショボで動物を操って倒した可能性にも期待したが見事に打ち砕かれた。

 少なくとも魔王はあのドラゴンよりも強大な力があるはずだ。


 最悪、支部長が言うようにオレが囮になっている間に、結姫にどうにかして源五郎丸を返還してもらうしかない。


 さっきは冗談で話していたことが現実味を帯びてきた。

 今回ばかりは、覚悟を決めなければならないようだ。



  街は石畳の道が広がり、両側には木造と石造りが混じった建物が立ち並んでいた。

 窓からは色とりどりの布や花が飾られ、店先には果物やパンが並べられている。

 行き交う人々の表情は明るく、子供たちは広場で楽しげに遊んでいた。

 どこかの店から焼き立てのパンの香ばしい匂いが漂ってきて、オレの空腹を刺激する。


 街へ向かうまでの道のりは3時間ほどで、その途中で魔物の影は見かけなかった。

 唯一の例外は、最初に見たあの巨大なドラゴンだ。

 それも、国王が召喚した勇者が魔王を討伐したおかげで、街の周辺には魔物が寄り付かなくなったのだという。


「大丈夫、大丈夫。だって、この街にはゲンゴロウマル様がいるんだから」

「その、源五郎丸って奴だけどさ。なんかスゲーのを手下にしてるんだろ? おばちゃん、どんなのか知ってる?」

「さあ、ねえ。私らはゲンゴロウマル様が戦っているのを見たことがないから」

「ふーん。けどさ、源五郎丸がドラゴンに負けるかもしれねーじゃん?」

「ないない。だって、ゲンゴロウマル様はあの魔王を倒してるんだよ? ドラゴンの一匹や二匹、目じゃないって」

「まあ、そりゃそうか……。じゃあ、おばちゃん、このリンゴ、2つね」

「はいよ、毎度あり」


 リンゴを受け取り、ひとつをかじる。甘酸っぱい果汁が口の中に広がるが、それを味わう余裕はない。

 歩く足が妙に重い。胸の奥に広がるのは絶望感だ。

 源五郎丸が、あのドラゴン以上の存在を手懐けている可能性はかなり高い。


 路地裏へと進み、奥に行くと、すでに結姫が待っていた。


「わりぃ。待たせたな」

「私もさっき来たところ」

「そっか。で、首尾は?」


 手に持っていたもう一つのリンゴを差し出すと、結姫は素直に受け取り、小さくかじった。

 オレが渡したものを躊躇なく食べた。

 そのことから、相当焦っているのがわかる。


「武器になりそうなものはなかった。ドラゴンに対抗できそうな人間も」

「期待はしてなかったけどな」


 オレたちが所属する機関、『異世界秩序機構』のエージェントは、異世界での任務中に武器を持ち込むことを許されていない。

 持ち込めるのは返還対象を強制的に送り返すための転送装置のみだ。


 理由は単純。

 異世界の技術レベルを超えた武器や道具が流出すれば、世界の秩序を崩しかねない。

 だからこそ、異世界の技術に干渉しないために厳しい制約があるというわけだ。


 異世界秩序機関は名の通り、世界の秩序を維持するための機関。

 その機関が秩序を乱すせば本末転倒だ。


 ただ武器を持ち込めない代わりに異世界では『スキル』が解放される。

 これは個々の潜在能力に依存するもので、女神に与えられるものでも、自分で好き勝手に選べるものでもない。

 一種の才能というやつだ。


 しかし、当然ながら返還対象もスキルを持っている。

 中には強力なスキルを持つやつもいたりする。

 というか、割と多い。


 そういった対象を捕らえるためにエージェントはスキルを強化する術が施される。

 これは機械ではなく術なので問題ないというわけだ。


 とはいえ、スキルを持っていないオレには関係のない話なのだが。


「とにかく源五郎丸のところへ行こうぜ。話はそれからだ」

「……そう、ね」

「もしかすると、話が分かるやつで、素直に帰るかもしれねーしな」

「あると思う?」

「……」


 源五郎丸は、現在宮殿に住んでいる。


 大半の転生者は、魔王を倒した後にその世界の住人に崇められ、強大な権力を手に入れる。

 贅沢を貪り、王族すらも支配するほどにのし上がるやつだっている。


 その結果、異世界秩序機構の規定に引っ掛かり、最終的にオレたちエージェントの手で強制的に返還されるまでがデフォルトだ。


 源五郎丸も、その典型的なパターンなのだろう。

 素直に「はい、帰ります」と言うはずがない。


 結局は奴が使役する、魔王よりも強いであろう魔物と戦うことになるんだろうな。


 オレは無意識に芯だけになったリンゴを噛みしめた。 

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