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第3話 次の任務は面倒くさそうだ

 雑居ビルが立ち並ぶ一角にある、ひと際ボロい廃ビルの6階。

 そこがオレのバイト先だ。


「やっべー。すっかり遅くなっちまったぜ」


 時間は17時。

 真夏の今はまだ明るいが、日が沈んでしまうと街灯がないこの辺はマジで真っ暗になる。

 いつもなら、高校が終われば真っ先にここに駆け込むんだが、今日はちょっとした用事があったのと、途中でコンビニに寄ったせいでこんな時間になっちまった。


 セキュリティって何? っていいたげな古びた開けっ放しのガラス扉をくぐり抜け、コンクリートに覆われたかび臭いエントランスをさらに突っ切る。


 まあ、廃ビルにセキュリティがある方がおかしいんだけどな。


 いい加減、移転してくれよ、ホント。

 なんて思いながらコンクリートの階段を駆け上がる。


「くー。これも結構時間食うんだよなー」


 こんなビルだから、もちろんエレベーターなんて洒落たものはない。

 6階まではオレの長い足を使うしかないのだ。

 鞄を脇に抱えて、6階までの階段を登る。

 仕事を始めた当初は、たどり着く前に足が痙攣を起こしていたが、今では二段飛ばしで飛ぶように駆け上がれるようになった。


「よし。到着~。今日は一分半か。まずまずだな」


 6階には『松原探偵事務所』という手書きで書かれた、胡散臭いプレートが貼られた錆だらけの鉄ドアがある。

 こんな怪しい場所に、こんなやる気のなさそうな看板を見て、依頼をしようと考える奴なんて存在しないだろう。

 仮に依頼しに来たとしても断るんだろうが。


「ちぃーっす。吉崎、出勤しましたーん」


 鉄ドアを開け、人一人が通るのがやっとというくらいのクソ狭い玄関で靴を脱ぎ、軋む木の廊下を歩いて突き当たりまで進む。

 曇りガラスがついたドアを開くと、胃液がこみ上げきそうなほど甘ったるい臭いが鼻の奥を突き刺してきた。


「支部長―。また、ココアの銘柄、変えたんすか? せっかく前のやつの甘ったるい匂い、慣れたのに」

「ん? おはよう。けいちゅけ少年」

「……恵介っす」

「だから、けいちゅけって言ってるんだが」

「……」


 部屋の中央に設置されている机。

 この廃ビルの一室に似つかわしくない、高級なものだ。

 こういうのに疎いオレでもわかる。


 が、この高級机は、部屋に合ってない以上に違和感がある。


 それはちっちぇところだ。

 こういう値段の高い机は無駄にデカくて広いイメージがある。

 まあ、デカくて広いっちゃ、縮尺的に見ればそうなんだが、それをミニチュアサイズにしたような感じだ。

 スゲー違和感だ。


 けど、それはしょうがない。

 なぜなら、その机を使っている人物が小さいからだ。


 『支部』の責任者の松原ほとりさん。


 赤く長い髪を後ろで縛り、小さな身体には合わないブカブカの白衣を着た小学生。

 いや、実際には小学生じゃないが、どう見ても小学生にしか見えない。


 本人は身長130はあると言い張っているが、120もあるかどうか疑わしいところだ。


 そんな小学生に見える支部長だが、袖はちゃんと手が出るように何重にも折っているがダラシない感じは拭えない。


 さらに結姫とは違うタイプの美人だ。」

 結姫が綺麗なら、支部長は可愛いという感じ。

 だが、細いメガネをかけているせいか、知的な雰囲気を醸し出しているから、なんか脳がバグる。


「で? けいちゅけ少年。頼んだ物は買ってきたのかね?」

「あー。はいはい。買ってきましたよ」


 鞄からビニール袋を出し、その中から数枚の板チョコを掴んで机の上に置く。


「おお! これこれ! 本日新発売のチョコ! にゃはは!」


 短い手を伸ばして板チョコを手に取り、器用に包み紙を剥がしてムシャムシャと食べ始めた。

 そして、机の上に置いてある、ココアが入ったマグカップを掴んでゴクゴクとうまそうに飲む。

 ちなみに、支部長が飲んでいるココアは脳みそが溶けそうな程甘い。

 以前、美味しいと騙されて飲んだときは、百回うがいをしたのにまったく口の中から甘さが取れなかったことに驚愕したものだ。


「随分と遅かったのね」


 支部長が座る机と対面するように、これまた高そうな黒いソファーが置いてあり、そこに結姫が座ってスマホを見ている。

 おそらくニュースでも読んでいるんだろう。

 これでソシャゲで廃課金とかしてたら、ビビるけどな。


 結姫は既に機関の制服である軍服のような形状の黒いスーツに着替えている。

 今日は膝まであるタイトスカートヴァージョンの方だ。

 任務の内容で制服を変えてるのかと思ったら、単にその日の気分らしい。


「掃除当番だったんだよ」


 結姫の前を横切り、部屋の隅にある古ぼけたガタガタのステンレスロッカーを開く。

 ブレザーを脱ぎ、衣紋掛けに掛け、ネクタイを外す。

 代わりに黒いネクタイに黒いジャケットを羽織る。


「補習だったのでしょ。英語のテストで十九点。ギリギリ赤点、ってところかしら」


 興味のなさそうな声を出しながら、スマホの画面を親指でスライドさせる結姫。


「……」


 まさか、盗聴でもされてのかと思い、脱いだ制服のブレザーを調べるが、そんな形跡は全くない。

 そりゃそうか。

 結姫が盗聴するほど、オレに興味があるわけがない。


 オレはさっと着替えを終わらせ、歪んでいるせいでなかなか閉まらないロッカーのドアを蹴りを入れて無理矢理閉める。


「支部長ー。そろそろ、ロッカー買い換えてくださいよ」

「んー。そのうちなー」


 口の周りにベッタリとチョコとココアを付けた、ほとり支部長は2枚目の板チョコに手を伸ばす。

 既に自分が使っている机は3回買い換えているのに、オレが使っているロッカーは一向に買い換えてくれる気配がミジンコ程も感じられない。


「で、今日の任務は?」


 ロッカーのことは諦め、本題に入る。

 すると支部長は口についたチョコを白衣の袖でガシガシと拭う。

 真っ白だった白衣がチョコ色に染まり、口の周りについたチョコも広がって顔半分がチョコまみれになる。


 拭く意味ねーじゃん。


「これだ」


 支部長は机の引き出しから数枚の紙を机の上に置く。

 今回の任務内容が書かれた指令書だ。

 地球の科学力を遥かに凌駕する技術を持っている機関なのに、こういうのは古いんだよな。

 今時、紙って。


「源五郎丸結城。17歳。転生方法は召喚」


 いつの間にかオレの横に立っている結姫が指令書を覗き込みながら呟く。


「苗字と名前が逆みたいな奴だな」

「スキルはトレーナー……」

「なんだ? 異世界でジムでもやってんのか? それくらいなら別に返還させなくてもいーんじゃねーの?」

「違う。調教師という意味」

「ふーん。あまり恵まれたスキルじゃなさそうだな。まあ、オレと違ってあるだけマシだけど」

「それは違うぞ、けいちゅけ少年」


 人差し指を横に揺らして、したり顔をする支部長。

 顔面が真っ黒になっている。


 なんだよ、それ。

顔をチョコレートで洗ったのか?


「かなり厄介なスキルだぞ」

「そうっすか? 調教師なんて、この世界でもいますよね?」

「源五郎丸は返還対象に選ばれている」


 オレから指令書を奪い取っていた結姫が資料から目を離さずにそう言った。


「ふむ。結姫くんはわかったようだな」

「えー、なんすか? オレにもわかるように説明してくださいよ」

「けいちゅけ少年。返還対象に選ばれる条件は?」

「へ? え、えーと……転生された先の世界で、大きな影響を及ぼすようなことをする、でしたっけ?」

「うむ。その際、召喚された目的を果たすことはカウントされない」

「ああ。確か、転生方法は召喚による強制型だったよな?」

「そう。源五郎丸を召喚した理由は魔王討伐」


 相変わらず資料から目を離さず、オレの質問に端的に答える結姫。

 もう少し、こっちに興味を示せよ。

 ……返答してくれるだけマシかもしれんが。


「今回の返還対象は魔王を倒した後、世界に多大な影響を与えている。ということは、どういうことかわかるかね? けいちゅけ少年」

「……少なくても、魔王以上の力を持ってるってことだよな? 魔王を倒せてるんだから」

「うむ。ということは、なにを調教するかわかるな?」

「あー、なるほど」


 動物を調教した程度で、魔王なんかに勝てるわけがない。

 もし、それで倒せるくらいなら、とっくにその世界の人間たちが倒しているだろう。

 かといって、人間を調教するわけでもなさそうだ。

 となれば、調教する対象で考えられるのは……。


「魔物か」

「正解だ、けいちゅけ少年」

「確かに、厄介だな」


 つまり、魔王よりも強大な力を持った魔物を調教しているということだ。

 もしくは魔王そのものを調教して支配下に置いている可能性もある。


「返還対象と魔物を遠ざけるまでが勝負ね」

「いや、それは違うぜ、結姫」

「どういうこと?」

「それができるなら、その世界の人間がとっくにやってるはずだ。……だろ? けいちゅけ少年」


 あー、もうズルい!

 美味しいところをサラッと持っていきやがった。

 珍しく結姫に説明できたのに。


 ……まあいいや。


「おそらく、こいつの近くにずっと魔物がいる。もしくは危害を加えようとしたら自動的に守りに入るとか、そういうギミックがありそうだ」

「確かにかなり面倒そう」

「ふふっ。そうかね? 案外、簡単に対処できるかもしれないぞ」

「え? 支部長、なんか策があるんすか?」

「けいちゅけ少年が囮になり、その魔物に襲われている間に結姫くんが対象を確保する。これで解決だ」

「全然解決してねぇ! オレが死ぬだろ、それ!」

「ああ……」

「結姫もなに、なるほどって顔してんだよ!」


 二人とも、もう少しオレに優しくしてくれよ。


「何はともあれ、方法は二人に一任する。心置きなく自由にやってくれ」

「……そういうのを丸投げっつーんすよ」


 オレは深くため息をつき、結姫と共に源五郎丸が転生した世界へと向かったのだった。

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