「なにをしているの、恵介君」
「げっ!」
王の間に、ドアを開けて入ってきたのは漆黒の長い髪に、黒い軍服のようなスーツを着た少女だった。
少女……いや、美少女の名は
オレのパートナーであり、この仕事での先輩だ。
可愛いというより、綺麗という言葉がぴったりの結姫は、ほとんど表情を変えない。
そのせいで、人形みたいだと言われている。
正直、その意見には同意だ。
なんていうか、綺麗すぎるんだよな。
整い過ぎてるっつーか、作り物なんじゃないかってくらい、綺麗なのだ。
しかも小柄で、華奢だから人形っていうのが妙にぴったりな表現だと思う。
もう少し出るところが出ていれば、また違った印象になるんだろうけど。
「……全然、関係ないこと考えていない?」
「うおっ!」
いつの間にか目の前に来ていた結姫が、ジッとオレを見上げていた。
まるでこっちの思考が読めてるんじゃないかってときがある。
オレって、そんなに顔に出ちまうのか?
だとしたら、今のうちに直しておかねーとな。
「まあ、別にいいけど」
「いいのかよ」
「それより、これはどういうこと?」
結姫が、いまだに土下座を続けている奴を指差す。
「こいつは今回のターゲットなんだ」
「それは知っている。私が聞いているのは、なぜ一人で返還対象に接触しているということ」
「あー、いや、わざわざ結姫の手を煩わせるほどでもねーかなって思ってさ」
「それで問題を起こされる方が面倒なのだけど」
表情は変わらず無表情。
なのに、視線が確実に冷たいものになっている。
まるでナイフを顎の下に突き付けられているような感じだ。
「おいおい。オレは職務を全うしただけだぜ」
「返還対象を極力傷付けない。それが決まりなのだけれど」
「そ、それは……」
そう。
それが一人で先に来た理由だ。
結姫は見た目通り、マジで真面目だからな。
緻密に計画を立てて、傷一つ付けずにターゲットを取り押さえるだろう。
本来ならそれが正しい。
そうすべきだ。
けど、それには時間がかかる。
下手すりゃ1日くらい時間がかかりそうだ。
それをオレ一人でやれば、5分で済む。
それこそ今みたいに。
「まー、いいじゃねーか。こうして無事に任務完了したんだからさ」
「無事に?」
顔を上げた奴の顔は、オレに殴られたことで腫れている。
「ふ、不可抗力だよ、不可抗力」
「それを避けるために私は……」
「うおおおお!」
完全に油断していたオレたちの隙をついて、奴は立ち上がり、素早く結姫の後ろへ回り込んだ。
腐っても英雄と呼ばれた男。
その動きはオレに匹敵するくらいの速さだった。
もしかすると、奴のスキルには『主人公補正』が付いているのかもしれない。
ちなみに主人公補正ってのは、異世界転生するとデフォで付くスキル外の補正だ。
それがあれば、若干身体能力が増すのと、ピンチのときはさらに引き上げられる。
その世界の人間に望まれて、強制的に転生した場合には高確率で付与されるみたいだ。
「動くなっ! 動いたら、この女がどうなるかわかってるだろうな!?」
奴は結姫を羽交い絞めにして、必死な形相でオレを睨みつけている。
「恵介君、動いてはダメよ」
「いや、それはどうかな」
「おい! 動くなって言ってるだろ!」
「一つ、忠告しておくぜ、雑魚豚くん。動かねー方がいいのはお前の方だ。というか大人しく投降した方が身のためだぜ」
「何を言って……がふっ!」
容赦なく、男の脇腹に肘打ちを入れ、男が体をくの字に曲げた瞬間に顔面に膝を叩き込む結姫。
男は声をあげる間もなく、仰向けに倒れて泡を吹いて気絶した。
ピクピクと痙攣しているところを見ると、辛うじて死んではいないみたいだ。
辛うじて。
「……あのー、結姫さん。返還対象は極力傷付けないんじゃなかったのか?」
「ええ。だからこの程度にしておいたわ」
「……さいですか」
どう見てもオレに殴られるよりも重症なんだけどな。
まあいいけど。
「恵介は方陣を書いて、『扉』を開けて。私は『首輪』をするから」
結姫は胸ポケットから手のひらサイズの長方形の黒くて薄い機械と、白のチョークを出してオレの方へ投げてくる。
放られた機械とチョークを受け取り、まずは機械の方で『機関』のシステムにアクセスし、今回の漂流者の情報を検索し、読み込み時間の間に円形の方陣を書き始める。
基本的な方陣が書き終わり、後はあいつの情報を書き込むだけだ。
そう思っていると、すぐに機械からポンという検索終了の音が鳴る。
「えーと。工藤和希、十五歳。地球の日本から転移……っと」
転移先の必要項目……というより、宛先と品物名を書くような感じで丸い方陣の一番外側の円の中に記述していく。
やっぱり日本からか。
同郷の奴だと思うと恥ずかしいぜ。
早めに返還対象になってくれてよかったな。
「書き終わったぜ」
振り返ると、腕を組んで黙って見ていた結姫が、再び胸ポケットに手を入れる。
今度は小指にはめるくらいの大きさで銀色で龍が絡み合う『ウロボロス』の姿が彫られた指輪を出す。
結姫がそれを親指で弾くと、空中で輪が大きくなり、首輪サイズにまで巨大化する。
それを気絶している奴……工藤の首にはめた。
同時に方陣が光ってゲートが開き、工藤和希の体も光り始める。
「う……。うわっ! なんだ、これ!」
工藤が目を覚まし、自分の体を見回して焦りながら叫ぶ。
「亜空間を渡る際の保護フィールドのようなもんさ」
「え? ってことは……」
オレの言葉に工藤は絶望した顔をする。
「ああ。バカンスの時間は終了。帰宅の時間だ」
「い、いやだ……また、ただの冴えない高校生に戻るなんて! ここには、ボクを愛しいと言ってくれる萌えキュンな女の子がいるんだ……。帰りたくない! お願いだ! 見逃して!」
「そう思うなら、慎ましく生活するんだったな。魔王を倒した後、調子に乗ってハーレムなんて作ろうとするからこうなる」
「ハーレムは男の夢だろ! チャンスがあるなら、作るのは当然のことだ!」
「くっ! ヤバいぜ、結姫。反論できねえ」
「返還開始」
オレから機械を奪い取り、開始ボタンに指を当てる。
すると奴の体の光が強くなっていく。
「うわーーーーーん! アリス、ベル、マリー! ミリア! エバ! セシ……」
恐らく、こちらで囲った女たちの名前だろう。
その名前を呼んでいる途中で、奴は煙のようにパッと消えた。
「任務完了」
奴が消えるのを見届けてから、結姫は無表情のまま呟くようにそう言った。
「ありがとうございます!」
突然、部屋にいた女の子達がオレに駆け寄ってきた。
「私たち、あの男に困り果ててたんです」
「胸とかお尻とか触られるし……」
「私なんて、何度も告白されて……」
可愛らしい女の子達がオレを取り囲み、潤んだ瞳で見上げてくる。
……こ、これは。
すごくいいシュチュエーションなんじゃねーか?
この世界なら、ハーレムが作れるかもな。
ハーレムは男の夢。
チャンスがあれば、作る。
それが男ってもんだ。
「あの、私、アリスっていいます!」
「ベルです」
「私はマリー、こっちはミリア、そして、エバです」
「王女のセシルです」
「へ、へー。みんな可愛い名前だね」
「きゃー。可愛いだなんて、嬉しいです!」
みんな頬を赤く染めて恥ずかしがっている。
へへ。
いいじゃんいいじゃな。
オレ、絶対、モテてるじゃん?
「よかったら、しばらくお城に住みませんか? 部屋ならありますから」
「え? そう? それなら、そうしようかな」
「さてと。帰るわよ、恵介君」
「あ、いや。先に帰っててくれ。オレ、もう少しゆっくりしてから……」
「ダメよ。もうそろそろリミットの時間だわ」
「嘘つけ! あと丸々2日はあるだろ!」
いつの間にか背後に立っている結姫に襟首を掴まれる。
「聞こえなかったの? 帰るわよ」
結姫が機械を操作し、エージェント用の扉を開く。
「いやだーーー! アリス、ベル、マリー! ミリア! エバ! セシ……」
言葉の途中でオレの体が光を帯び、意識が真っ白になっていくのであった。