現実の世界は面白くない。
誰だって一度はそう思うことはあるはずだ。
もちろん、オレだってそう思ったことはある。
それも一度や二度じゃない。
数えきれないほど何度もだ。
じゃあ、面白くないと思ったらどうすりゃいいのか。
面白くないなら、自分で面白い世界にすればいい。
なーんて、アグレッシブな考えをする奴はごく少数だろう。
いや、世界を変えようなんてほどの奴なんていないんじゃないだろうか。
なら、どうする?
方法は色々あるはずだ。
この世界にはそれこそ、色々なものがあるんだから。
例えば、スポーツをするとか、映画を見るとか、漫画や小説を読むとか。
――妄想に走る、とか。
オレのダチがまさにそのタイプだった。
異世界があると信じてて、科学と魔術の融合だとか、そんなことに妙に詳しかった。
そいつはオレに、いつか一緒に行こうなんて話してた。
そういう妄想癖がある奴をなんていうんだっけな。
ああ、そうだ。
厨二病だっけか。
多くの人間は、そんな妄想を笑い飛ばすだろう。
当時のオレだって、話半分で聞いてたくらいだ。
けど、まあ、なんていうかな。
あのときのオレが知ったらビビるだろうな。
いや、そもそも信じねーかもしれないな。
異世界なんてもんが本当にあるなんて。
* * * * * * * *
モンスターと呼ばれる魔物が跋扈していた、俗にいうファンタジーの世界。
魔王が倒された今では、ツチノコを見つけるよりもモンスターを探すのは大変だろう。
つまりは平和になった世界だ。
いや、魔王が倒されたそのときは、この世界の人間はそう思っていただろう。
だが、今は魔王がいたときとは違うことで平和が揺るがされている。
それはこの国の王が座るべき椅子に座り、その傍らには複数の女の子を侍らせた男によって。
「絶対に帰らないからなっ!」
英雄。
こいつはこの世界ではそう言われている。
実際は17歳だが、中年と言っても違和感のない貫禄のある腹とアゴ肉をブルブルと震わせながら、オレに向かって叫んだ。
それはまるで、豚の咆哮だった。
「勘違いしてるようだから、一つだけ言っておくぜ。お前はこの世界とオサラバして、元の世界に戻る。これは決定事項だ。帰りたくないって、駄々をこねよーが変わることはない」
「ふざけるなっ! ボクは英雄だぞ! お前みたいな雑魚なんか、ひと捻りだ」
奴はオレの忠告をかき消すように叫ぶ。
そして、黒いマントをバッと翻し、綺麗に分けられた七三の黒髪を撫でるように触ってから、右手の人差し指を立てて十字を切った。
「くらえ! エンシェント・クロス・ファング!」
そう叫ぶと同時に十字の光の筋が出現し、オレに向かって飛んでくる。
これが奴のスキルだ。
ターゲッティングしたものを自動追尾する。
その威力は凄まじいもので、当たればモンスターはもちろん魔王でさえも一撃だ。
このスキルのおかげで奴はこの世界で英雄と呼ばれるようになった。
それがオレに向かって迫る。
大抵はこれで詰みだろう。
だがオレは違う。
奴のスキルを『調べている』からだ。
「どうやら、雑魚はお前の方だったみたいだな」
「なに!?」
「こういう場合、奥の手を最初に出した方が負けなんだぜ」
オレはポケットに入れてあった小石をヒョイと放る。
すると、エンシェント・クロス・ファングとかいう、十字の光は小石にぶつかると爆発した。
爆風が王の間内に渦巻いていく。
奴のスキルは確かに凄い。
が、当たらなければどうってことはない。
しかも、自動追尾ということは、真っすぐこっちに飛んでくるだけ。
そこに何かをぶつければ、消滅するってわけだ。
「……ば、馬鹿な」
「気が済んだかい、雑魚豚ちゃん。次はお仕置きの時間でちゅよー」
拳をゴキゴキと鳴らしながら、奴の方に歩み寄る。
すると奴はぶわっと脂汗を流しながら、キョロキョロと辺りを見渡す。
逃げ場所でも探しているんだろう。
奴のスキルは一度撃つと、3分は撃てない。
つまり、奴の詰みってわけだ。
奴はハッとして、短い足を精一杯動かして壁際まで走る。
壁に十字に飾られている斧の一本を握ってこっちに振り返った。
「ボ、ボクは最後まで諦めない! ずっとそうして勝ってきたんだ!」
「おいおい。そういうことは努力した奴が言う台詞だぜ? スキルに頼り続けた怠慢野郎が使っていい言葉じゃない」
「うるさい! 死ねーーーーーー!」
奴が斧を振り上げ、ドスドスとこちらに向かって走ってくる。
……遅ぇ。
なんだ、この遅さは。
三歳児の方がまだ速いんじゃねえか?
「うおおおおおおおおお!」
威勢の良い声を上げているが、振り上げた斧が重いのかフラフラになりながら、すでに歩いているのと変わらない速度に落ちている。
そして、ついには持っていられなくなったのか斧を落として、殴りかかってきた。
「ボ、ボクは……か、帰ら……ない……ぞ!」
「言ったはずだぜ? これは決定事項だ」
一歩踏み出し、無防備の男の顔面にパンチを入れる。
「ぶべらっ!」
顔面にオレの拳がめり込み、奴は後方へ仰向けで倒れた。
「悪いな。これも仕事なんだ」
「く、くそっ!」
男が顔を起こし、オレを睨んでくる。
「お? 気絶しなかったのか。やるじゃねーか」
「こうなったら……最後の最後、奥の奥の奥の手だ!」
「……へ?」
おいおい、マジかよ。
まだ奥の手があるのか?
オレはさっきので手札を使っちまったぞ。
とはいえ、泣き言は言ってられねえ。
ここからは小細工なしの自力で切り抜けてやるぜ。
「来なっ!」
オレが手招きすると、奴は虫のようにカサカサと四つん這いで逆側の壁まで這っていく
奴が向かう先。
それは、さっきまで奴が侍らせていた女の子たちのところだ。
人質にするつもりか?
だが、オレには有効な手だ。
女の子が傷つく展開は絶対に阻止しなきゃならない。
「ちっ、最悪だ!」
慌てて奴を追うが、当然ながら奴の方が女の子たちのところへ先に到着する。
奴は女の子の一人の細腕を掴む。
白い肌に、金色で腰まである長い髪。
すらっとした体に尖った耳。
恐らくはエルフ族だろう。
その女の子に対し、奴は――。
「アリス! 助けてくれ!」
助けを求めた。
この世界で英雄と呼ばれている男が、だ。
「クドウさま……」
助けを求められたエルフ族の女の子は困惑した表情で、奴とオレを交互に見比べ、どうしていいのかわからずオロオロしている。
「……」
オレはゆっくりと奴の元へと歩く。
それを見て、奴は慌てて女の子の腕を離して、今度は隣の青い短髪の巨乳の女の子に縋る。
「……ベル、マリー……。誰でもいい! ボクを助けろ! ボクは英雄だ! この世界を救ったのはボクだぞ!」
誰も男の声に反応をしない。
皆、一様に目を伏せる。
オレは奴の後ろに立ち、ガシッとその頭を掴む。
「いいか、雑魚豚ちゃん。女の子に命令をするんじゃねえ。男が女の子にしていいのはナンパだけだ。まあ、盾に使わなかったことは感心してやる」
「……うう。帰りたくない。普通の高校生になんて戻りたくない。見逃してください!」
女の子から手を離して今度は土下座を始める。
最初からこうしていれば、殴られずに済んだものを。
「言っただろ。こっちは仕事なんだ。お前を見逃したら、オレが怒られる」
「いいじゃないか、お前が怒られるくらい。ボクは平気だ!」
「ほーう。いいことを言うじゃねーか。そうだな。確かに、お前が元の世界でどうなろうとオレは平気だ」
「うう……。いーやーだぁーー!」
面倒くさいな。
とりあえず、気絶させておくか。
オレが奴の顔面に止めの一撃を入れようと拳を握りしめたときだった。
ギギギと軋む音を立て、ゆっくりとドアが開いた。