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第4章~オレの幼なじみがこんなに素直なわけがない~第1話

 日曜日の午後に、クラス委員の女子生徒と語り合ったオレは、その当事者である上坂部葉月かみさかべはづきのための幼なじみ奪還(?)計画の第一弾をすぐに実行することにした。


 月曜日の朝、教室に到着し、上坂部と久々知が登校してきていることを確認すると、後ろの席に座る塚口つかぐちまことに目配せしながら、小声で伝える。


「今日の放課後、作戦を開始するぞ」


「わかったよ、ムネリン! ボクは、放課後までに『ムネリンが上坂部さんを四階の空き教室に呼び出したみたいだ』って、久々知くんに伝えれば良いんだよね?」


「あぁ、よろしく頼む!」


 声を潜ませながら会話し、こちらの返答を確認した小柄な男子生徒は「ラジャー!」と言って、短く敬礼する。

 その姿を見てうなずいたオレは、もう一度、クラスメート男子とアイコンタクトを交わした。


 放課後、第二の協力者である浜小春が、で、四階の空き教室のカギを開けておいてくれる段取りになっている。


 自分たちが、小さい頃から親しんだ『泣き虫なケモノのおはなし』を参考にした今回の作戦の概要は、こんな感じだ。


 ・空き教室でオレが、上坂部に告白する

  ↓

 ・その瞬間に、久々知が駆けつける

  ↓

 ・上坂部が久々知に助けを求める


 自分でも、『穴が見つからない完璧な作戦』とは、口が避けても言えない計画ではあるが、協力者のクラスメート男子から反対意見は出なかったので、予定どおり計画を実行に移すことにした。


 この作戦のメリットは、最悪の場合でも、恨みを買うのはオレ一人で済む、ということだ。


 白草四葉しろくさよつばちゃんのお悩み相談の相談主であることを名乗り出たことから、オレのクラス内でのポジションは、今より下がることも無いし、これは、事実上デメリットが無いということにも等しい。


 そんな訳で、オレは自分が考えたプランについて、それなりの自信を持っていた。


 上坂部本人に対して、今回の計画の詳しい内容をを伝えていないことに申し訳なさを感じないでもないのだが……。

 ことの詳細を伝えると、オレが上坂部に告白(もどき)をする際のリアリティーが失われてしまうこと、また、四葉ちゃんに相談を持ちかけたことで、彼女にいらぬ疑いが掛かってしまったことについて、オレなりに謝罪の意味を込めて、こうした手段を取らせてもらうことにした。


 なによりも、このシナリオは、オレが、その存在にあこがれに近い感情を抱いていると言っても良い、『泣き虫なケモノのおはなし』に出てくる、自己犠牲をいとわない、黒いケモノを重ね合わせることができる。


 まだ幼い頃、保育園で同じクラスだった、を果たすためにも、オレは、この役目を演じきろう、と心に決めていた。

 つい先日まで、ただのクラスメートでしかなかった上坂部葉月や久々知大成にここまで感情移入することになった要因も、その約束にあると言っても言い過ぎではない。


 いまと同じくらい、いや、いま以上に引っ込み思案で周りの子どもたちと上手くコミュニケーションを取ることができなかった幼い頃の自分に、その身を持って、周りの相手と対峙することの大切さと、チカラをす合わせることの必要性を教えてくれたのは、彼女だった。


 それなのに、小学校に入学しても、そして、中学・高校と年を重ねても、オレは、あのコと約束したように、


「周りの人たちを笑顔にできる」


ような存在になることができていない。


 今後の自分の人生の中で、ふたたび、りっちゃんと会えることは無いかも知れないが、せめて、彼女に顔向けできるように、そして、過去の自分に少しは胸を張れるようになりたい。


 そんなことを思ったのも、あの日、ヨネダ珈琲で号泣していた上坂部葉月が、幼なじみである久々知大成くくちたいせいとの関係や思い出について、まるで溜まっていた水があふれ出すように淀みなく、滔々とうとうと語ったからだろう。


 その時まで、保育園の頃のことは、記憶の片隅に追いやられていたのだが……。


 いまにして思えば、それも、幼い日の約束を果たせず、相変わらず、対人関係に積極的になれずにいることに対する罪悪感や羞恥心に原因があるのかも知れない。


 ただ、そんな情けない自分とは、もう縁を切りたかった。

 周りの目を気にする必要は無いけれど――――――。

 自分の生き方を恥じたり、後ろめたさを感じながら生きることは、もう止めにしたい。


 そんな自分にとって、今回のことは、保育園の頃、「自分も、りっちゃんのように強くなりたい」と決意した自分に訪れた絶好の機会のようにも感じられた。


 気がつけば、後ろの席に座る男子生徒のように、自ら協力を申し出てくれるクラスメートもあらわれた。


 これまでの自分なら考えられなかったことではあるが、吹奏楽部の二人のように、女子生徒ととも、放課後に何度も会話を交わすことになった。


 これだけでも、いままでの立花宗重にとっては、大きな進歩だ。


 そして、いまオレは、クラスにあらわれた難敵とも言える存在に立ち向かおうとしている。


 かつての自分なら、他の人間が立ちはだかって来た時点で、ちっぽけなプライドを守るために、戦うことなく逃げ出していただろうと思う。


 そんな過去と決別するために――――――。


 オレは、今日の放課後の計画に、自分の存在価値を賭けるべく挑もうと決心して、昼休みに、思い切って上坂部葉月に声をかけることにした。

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