「心配するな、上坂部! 少し長期戦にはなるかも知れないが、久々知の気持ちを上坂部に向かせるための作戦も考えているから、前向きな気持ちを忘れるな!」
つい前のめりになり、自分が意図していたよりも、やや大きめの声が出てしまったことに自分自身で驚いていると、他の客に対して、コーヒーの提供を終えたばかりの店員さんが、やって来て、
「他のお客様もおられますので、お静かに願います」
と、注意を受けてしまった。
「すみません」
首をすくめながら謝罪すると、
「はい、気をつけてくださいね」
と言ってから、店員さんは笑顔を見せて立ち去った。
(あのヒト、最初に上坂部が号泣していたとき、オレを指名してフォローさせた店員さんだ)
立ち去る女性店員の横顔をチラリと確認したオレが、そんなことを考えていると、上坂部が、
「ゴメンね、立花くん……私のせいで……」
と、恐縮したようすで謝罪する。
「いや、声が大きくなってしまったのは、オレに責任があるから。このあとは、気をつける」
オレがそう返答すると、彼女は、クスリと微笑んだあと、
「でも、大成の気持ちを振り向かせるために、なにか考えがあるっていうことだけど、それって、どんなことをするの?」
と、たずねてきた。
もちろん、当事者の彼女が、オレのアイデアの中身について確認したい、と感じる気持ちは、しごく当然のことではあるのだが――――――。
だが、しかし……。
協力要請に応じてくれた
その危険を避けるためにも、ある程度のリスクを承知の上で、オレは、あえて上坂部には、今回の計画について、その全て(と言っても大した規模ではないのだが)を説明することは避けることにした。
「まだ、詳しく話せないこともあるんだが……最近、上坂部は他の男子から注目を集めているみたいだからな。
少し思わせぶりな雰囲気で、オレがそう語ると、案の定、幼なじみに並々ならぬ感情を寄せている女子生徒は、特定のワードに反応し、
「えっ!? 大成って、私のことを気にかけているの?」
と、ついさっきまで落ち込んでいた表情を一変させ、声を弾ませて、たずねてくる。
「まあ、あくまで、クラスの女子の意見を信用すると、だけどな……」
期待を持たせ過ぎるのは良くないので、オレは釘をさすが、こちらの言葉は、もう彼女には届いていないようだ。
「へへへ……大成ってば、そうなんだ……フヘヘ」
ダメだ……学年でも三本の指に入ると言われる整った容姿が、制作スケジュールが破綻したアニメ作品のように、作画崩壊を起こしている……。
確信を持てる情報などナニも無いにもかかわらず、幼なじみが、いまだに自分のことを意識している、という認識だけで、上坂部葉月の思考は、ファンタジーの世界に移動してしまったらしい。
突然の事故に遭遇したわけでもないのに、意識だけ異世界転移してしまった彼女に、
「まあ、そんなわけで、最初の一手は、オレたちに任せてくれ」
と、声をかけると、ようやく意識が現世に帰還したと思われる彼女は、弾んだ声で返答する。
「うん! ありがとうね、立花くん!」
さらに、また、表情を一変させて、上坂部は、突然こんなことをたずねてきた。
「ところでさ……私のことより、立花くん自身は、クラスや学校で気になっている女子とかは居ないの?」
唐突な質問に面食らっているオレに対して、彼女は、興味津々と言った表情で続けざまに語る。
「私の話しをとっても熱心に聞いてくれるし、立花くんみたいに優しい男子なら、女子は放っておかないと思うんだけどな〜」
そんな相手に、オレはあきれながら返答する。
「あのな上坂部……ナニを言ってるか、さっぱりわからないんだが……オレは、クラス内ぼっちの存在だぞ。
「え〜? そうかな〜? この際だから、照れなくてもイイよ! 私の話しをたくさん聞いてくれたから、今度は立花くんのお話しを聞かせて! 最近、女子と話す機会も増えてるじゃん? たとえば、小春ちゃんのこととかどう思う?」
なぜ、ここで、いきなり、
それでも、あまりしつこく追及されても面倒なだけなので、名前の出たクラスメートについて、思っているところを答える。
「なんで、突然、浜の名前が出てくるのか全然わからないんだが……最近、思ったのは、浜は、良くクラスメートのことを観察してるってことだな。あの
突き放すように返答したのだが、
「へぇ〜、キレイで可愛らしい髪の色ね〜」
とつぶやき、クラス委員はニヤニヤと微笑む表情を崩さない。
こういう面倒なことに巻き込まれないためにも、今度の計画をなるべく早く実行に移そうと考える。
オレは、思わぬ会話の流れから自分に向いてしまった矛先を、自身の意識から反らせるため、むりやりにでも、他のことを考えることにする。
そうして、幼い頃に発表会で演じた劇のことを思い出しながら、
(オレは、『泣き虫なケモノのおはなし』に出てきた、黒いケモノのようになれるだろうか?)
と、考えていた。