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第3章~彼の幼馴染みと彼女が修羅場すぎる~第7話

「あなたが、幼い頃にどんな想いで約束をしたかは知らないけど……で、私たちにカラむのは、迷惑だから、やめてくれない?」


 それは、これまで比較的おだやかに話していた口調と違い、言葉の端々にトゲトゲしさを感じさせるものだった。そう、何日か前のカラオケボックスで話したときのように―――。


 クラスメートの人物評や、上坂部葉月への発言について、心の底からの反省の態度を見せていたここ数日の言動から、「思っていたほど、悪いヤツじゃないかも……」と、名和リッカという女子生徒の評価を見直すべきだと考えていたのだが、どうやら、自分の考えは甘かったようだ。


(なんだ……やっぱり、これが名和めいわの本性か……)


 そう考えて、そんな相手に対して、不用意にも幼い頃の思い出ばなしをしてしまった自分の不用心さに腹が立ってくる。


 それでも、自分の行為が、(そこに腹黒い別の意図があったとしても)彼女と久々知の関係に対して、影響をおよぼしてしまう可能性を考慮して、オレは形だけでも謝罪しておくことにした。


「さっきも言ったように、アンタたちに迷惑をかけてしまうのは、申し訳ないと思ってる。ただ、こっちの一方的な都合で済まないが、オレにも果たしたい約束があるからな。オレは、上坂部に肩入れさせてもらうよ」


 言葉の上では、申し訳なさを装ったものの、正直なところ、名和リッカが、以前のように本性をあらわしてくれて、ホッとしている部分もあった。


 クラスメートの浜小春はまこはるが言っていたように、「名和さんは、イイ人」という人物評が正しければ、上坂部葉月にアドバイスをする自分の行為に、かなりの罪悪感を覚えるところだったと思うが、名和リッカ自身が同情に値しない性格であれば、オレとしても遠慮することはない。


 そんなオレの決意をよそに、目の前の腹黒いクラスメートは、挑発的な言葉を発してきた。


 「ずいぶんと、葉月に肩入れしているようだだけど……仲の良い異性の幼なじみが居る相手なんて、外部の人間からみたら、ノーチャンス過ぎる相手にイレ込んでも、結果的に空しくなるだけだって気付かないの?」


 その、こちらの神経を逆なでするような表情とモノ言いに、オレの言葉も刺々しくなる。


「は? なんのことだよ!?」


「ミディアムショートの髪型がよく似合う、丸い目がチャームポイントの、かなり真面目で、少しだけ抜けたところのあるお茶目な学級委員長に恋をしたら……彼女には、小さな頃から、ずっと一緒の学校に通っている、家が隣同士の幼なじみがいて、時々ケンカしながらも基本的にはイチャイチャ、ラブラブでした……な~んて、ケンカ売ってるとしか思えないシチュエーションに、良く夢中になれるなってこと」


 たっぷりと皮肉をこめた発言は、露骨にオレを煽っていることが理解できた分、こちらも冷静さを保つことができた。


「だとしたら、どうだって言うんだ? そもそも、その幼なじみは、いま、親しかった相手を想って、努力しようとしてるんだ。それを応援しようとして、ナニが悪い?」


 名和リッカの挑発に乗らないように、なるべく、落ち着いた口調で返答したのだが―――。


「別に……あなたが、過去の思い出にすがって、どんな行動を取ろうと、私には関係ないけれど……ただ、少しあなたのことが心配になっただけ……葉月が、『立花くんは、携帯機でゲームをしてる』って言ってたけど……恋愛シミュレーションゲームをプレイしているのなら、幼なじみキャラに思い入れを持ちすぎない方が良いんじゃない? ってこと」


「なんのことだよ、幼なじみキャラへの思い入れって……」


 オレには、彼女が発した言葉の意味がわからなかった。


(なぜ、いまゲームの話しが出てくるんだ……?)


「私、男性向けのゲームには、あまり詳しくないんだけど……人気ゲームの『ナマガミ』には、桜田志穂子さくらだしほこだっけ? そんな名前の『男子の理想像』って言われてるキャラクターが居るんだよね?」 


 想定していない方向に進む話しに戸惑いながら、「たしかにそうだが、それがどうした?」と返答する。


 たしかに、彼女が言うように、「男子が求める『いつか現れる、理想のお姫様』像」とされるキャラクターが、現在、積みゲーとなっている『ナマガミ』の桜田志穂子そっくりに描かれているイラストとネット記事をオレも目にしたことがある。


 そのイラストいわく、「男子が求める『いつか現れる、理想のお姫様』像」とは……。


 ・とにかく、癒やしてくれる、一緒にいてやすらぐ

 ・料理、掃除、アイロンがけ…家事全般が得意

 ・自分の趣味の話を聞いてくれる

 ・働いて収入を得てくれる「ただし、家事に支障をきたさない程度に」

 ・お金には堅実で、チープなデートでも楽しんでくれる

 ・母のように包みこんでくれて、自分を誉めてくれる


という特長を持っているそうだ。


 そんなことを思い出していると、名和リッカが口を開いた。


「『とにかく、癒やしてくれる、一緒にいてやすらぐ』幼なじみって、気弱な男子の妄想と自己愛が作り上げたフランケンシュタインだよね? 『お金には堅実でチープなデートでも楽しんでくれる』『ママのように包みこんでくれて、自分を褒めてくれる』そんな幼なじみなら、自分が傷つくこともないもんね。優しさしか取り柄のない陰キャくんは……そんな夢でしか生きられないなら、に浸ったまま溺死すれば?」


 これまでよりもさらに挑発的で、必要以上に露悪的な発言にあきれつつ、ため息をついて返答する。


「なあ、名和……オレの個人的な思い出をアンタがどう評価しようと勝手だし、百歩譲って、ゲームのキャラクターに関する個人的な批評についても、この際、反論はしない。だけどな――――――」


 ここで言葉を区切ると、目の前の相手は、「だけど、なに……?」と、反抗的な目つきで問い返してきた。


「オレの幼なじみを悪く言うことだけは許さない! 不器用な性格だったけど、は、他の人間が無責任に語ってイイもんじゃないんだよ!」


 オレが、そういうと、彼女はハッとしたような表情になり、バツが悪そうな顔でそっぽを向く。


に、なに必死になってんの……」


 つぶやくような小さな声だったので、ハッキリとは聞き取れなかったが、名和リッカは、そう口にした気がした。


 そして、さっきまで挑発的な態度を取っていた相手は、「もう良いわ……なんだか、シラけちゃった」と言って、一方的に会話を打ち切り、背中を向けて立ち去ろうとする。


 そんな彼女の背中に向かって、オレは、これだけは言っておこうと思った言葉を投げかけた。


「あとな、『ナマガミ』の幼なじみキャラクターをフランケンシュタインと言ってたけど、あの小説や映画に出てくる怪物に名前はない。フランケンシュタインってのは、あの人造人間を造り出した博士の名前だ」


 肩越しにそう言うと、相手はピクリと肩を震わせたあと、振り返り、捨て台詞を吐いて教室を去っていく。


「ホント、そういうところがダメだって言ってんの!」


 彼女が立ち去ったあとには、柑橘系の実を思わせる爽やかで明るいシトラスフローラルの香りだけが残った。

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