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第1章〜一体いつから───幼なじみが正統派ヒロインと錯覚していた?〜第7話

 いきつけの喫茶店で、クラスメートがフラれる瞬間を目撃した翌日の朝、いつものように登校すると、オレの所属する2年1組の教室は、ちょっとした、ざわめきに包まれていた。


 校庭から油田が発見されたわけでもあるまいし、ナニをそんなに騒いでいるんだ……と思いながら自分の席に腰を下ろすと、後ろの席から、


「ムネリン、ムネリン! 大変だよ!」


と、小柄な男子生徒が声を掛けてきた。


 オレのことをファンシーなあだ名で呼んでくる生徒は、塚口つかぐちまこと。

 二年になってから同じクラスになったのだが、名前順で席が近いからなのか、なにかとオレに話しかけてくる、ウチのクラスでは非常に珍しい存在と言える。

 ちなみに、新学期初日に遅刻してしまったオレに、転入生が自己紹介したときの教室の雰囲気や彼女が語ったことをこと細かに伝えてきたのは、コイツだ。


「その呼び方は、やめてくれ、と何度も言ってるだろ!?」


 立花宗重たちばなむねしげという戦国武将みたいな自分のフルネームについては、かなりの名前負け感があるため、オレ自身のコンプレックスのひとつになっているのだが……。

 小学校に入学する前の頃ならともかく、どこからどうみても、可愛らしさのカケラも無い自分が、などという少女チックな呼び名で呼ばれるのは、もっと、不本意に感じている。


 ただ、そんなオレの想いを込めた抗議は、いつものように軽くスルーされ、女子と見間違うほど整った顔立ちのクラスメートは、前日、喫茶店の店内で遭遇した一件を思い起こさせることを口にした。


「そんなことより、ムネリンは知ってた? 久々知くくちくんと名和めいわさんが付き合うことになったって!」


 オレは、自分がホームグラウンドと考えている場所(ヨネダ珈琲・武甲之荘店)で繰り広げられた修羅場を思い出しながらも、無関心・無関係であることを装って答える。


「へぇ〜、そうなのか……あの二人なら、釣り合いも取れていてイイんじゃないか?」


 後方の席のクラスメートに返答しながら、教室の前方に目を向けると、黒板には、


『電撃発表!』


の文字が踊り、教壇のそばに立つ久々知大成くくちたいせい名和めいわリッカが、数名のリア充男女に囲まれながら祝福を受けていた。

 まことは、意外そうな表情で答える。


 「そうかなぁ……ボクは、久々知くくちくんは、上坂部かみさかべさんと付き合っているのかと思ってたから、予想外の出来事だと思うんだよねぇ」


(オマエが勘違いしている、その相手は、昨日、久々知にフラレたばかりなんだけどな……)


 オレは、自分だけが知る真相を口にすることなく、それとなく、当の上坂部葉月かみさかべはづきの方に視線を送った。

 彼女は、健気けなげにも、久々知と名和を祝福するように拍手をしながら、幼なじみに発破をかけている。


「二人とも、おめでとう〜! 大成たいせい、初めての彼女なんだから、大切にしなさいよ〜」


 その姿は、仲の良い異性の友人にエールを送っているかのようではあるが、遠目ながらにも、上坂部葉月かみさかべはづきのこめかみは、ヒクヒクと痙攣しているように感じられた。


 副委員長として、クラスメートの幸福を称える健気なその姿に心の中で、


(合掌! 副委員長、ヨネダ珈琲でオレが目撃した隠しておきたいアンタの姿は墓場まで持って行く! これからはなるべく心穏やかに過ごしてくれ……)


と唱えていると、教室前方がなにやら騒がしくなっている。


「せっかくなんで、親睦を兼ねて、明日の放課後にカラオケに行こうと思うんだが、みんなの予定はどうだ?」


 久々知大成が声を上げると、それまで、彼ら二人を祝福して盛り上がっていた面々が、急に気まずそうに声のボリュームを落として、


「あ〜、明日は部活があるから、ちょっと無理だわ〜」


「私も〜! 放課後は、ちょっと予定があるから〜」


と、祝福を受けている委員長の誘いをやんわりと断っている。


 まあ、それもそうだろう……結婚式の二次会でもあるまいし、なにゆえ、付き合いはじめたカップルに着いて行ってカラオケまでしなきゃならんのだ……。


 久々知大成は、普段は面倒見の良い委員長として、クラスメートに別け隔てなく接している印象があり、空気を読まない発言はめったにしなかいと記憶しているのだが……はじめて交際相手が出来たということで、ちょっと浮かれ気味なのだろうか?


 すると、周りの雰囲気を察したのか、彼の隣に立つ名和リッカが、少し離れた位置で二人を見守る副委員長に声を掛けた。


「ねぇ、葉月は来てくれるよね? 大成クンと一緒で明日は部活の練習、お休みなんだよね?」


 それは、上坂部葉月にとって、不意打ちに近い問いかけだったのだろう……。

 副委員長が思わず、コクリとうなずくと、名和はパンと手を叩いて、無邪気に喜んでみせる。


「やった〜! 一度、葉月とカラオケに行きたかったんだ〜」


 一方の上坂部は、今度は、オレの勘違いではないことがわかるくらい、ワナワナと小刻みに身体を震わせながら、同行する犠牲者……もとい、仲間を探すべく教室の周囲を見渡した。


 そんな様子をうかがいながらも、


(ご愁傷さま、上坂部さん……)


と、ラノベのタイトルっぽく同情していると、不意に彼女と視線が絡み合ってしまった。


「そうだ! 立花くん、帰宅部だったよね? 明日、一緒にカラオケに行かない?」


 パンと手を叩いた上坂部葉月は、オレとマコトのそばまでやってきて、


「ねぇ、大成! 昨日、ヨネダ珈琲でコーヒー代を払わずに帰ったでしょ? あのお代は、立花くんが払ってくれたんだよ!」


と、自らの秘密の暴露に繋がりかねない爆弾発言をかましやがった。


(なぜ、自分から昨日の話しを蒸し返す! そして、なぜ、オレを巻き込むんだ!?)


 そんな抗議の声を上げる前に、人の良い委員長は、こんな提案をしてきた。


「立花、そうだったのか……スマン、コーヒー代は返すし、明日はオレが奢るから、一緒にカラオケに来てくれないか?」


「ね、大成もああ言ってることだし、一緒に来てくれるよね、立花くん?」


 いつもは温厚で笑顔を振りまいている副委員長・上坂部葉月は、表情こそ穏やかであるものの、その目は笑っていない。普段、クラスメートから遊びに誘われることなどまったくないオレは、幼なじみ同士である正副委員長の誘いを、穏便に断る術など持ち合わせていなかった。


 完全なもらい事故でしかないこの事態を嘆くしかない。

 そんな状況の中、オレは、午前中の休み時間、とある人物に、LANEのメッセージを送信した。


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 10代がカラオケで歌いやすい曲

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