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15.襲撃

「──これより! 日ノ本一の大英雄! ──花咲村の桃太郎様による、鬼ヶ島成敗20周年記念祭を開催いたします──!」

「──わあああああっっ!!」


 やぐらの舞台に上がった村長が、村の中央に集まった村人たちに向けて大声で祭りの開始を宣言すると一斉に歓声が沸き上がった。


「──御存知の通り! 桃太郎様は、日ノ本各地に出没しては人々に災禍をもたらした悪鬼どもの根城! その鬼ヶ島に対してお供の三獣と共に勇猛果敢に攻め込み──見事に鬼退治を果たしました!」

「──うおおおおおおおおっっ!!」


 身振り手振りを交えて熱演する村長の姿を見上げながら村人たちが雄叫びを上げた。


「──そして、この村が他の村に比べて豊かになったのは! 大英雄桃太郎様が鬼ヶ島から財宝を持ち帰ってきてくれたおかげなのです! ──我々は、このことを決して忘れてはなりません!」

「──そうだあああああああっっ!!」


 村長の呼びかけに絶叫しながら呼応した村人たち。祭りの熱量は、最高潮に達していた。


「──それでは皆様! どうぞ拍手喝采でお出迎えください! 我らが花咲村の大英雄! ──桃太郎様の登場ですッ!」

「──桃太郎様あああああああっっ!!」


 ──ドン! ドドン! ドンドンドン! ──ドン! ドドン! ドンドンドン!


 やぐらの上に置かれた巨大な和太鼓が青い法被を着た打ち手によって盛大に叩き鳴らされると、やぐらの内部に組まれた梯子を登って、桃太郎が舞台に姿を現した。

 20年前の鬼退治に用いた物と同じ純白の軽鎧を身にまとい、二振りの仏刀を腰に携え、頭に金の額当てを巻いた桃太郎は、照れ笑いを浮かべながら村人たちに手を振った。


「──それでは皆様! どうぞ御一緒に! ──せーっの!」

「──よぉッッ! ──日ノ本一ぃッッ!!」


 村長の掛け声に合わせて、村人たちが一斉に夜空に向けて両手を突き上げながら叫んだその時だった──。


「──グラアアァァアアアアアッッ!!」


 突如として、祭り会場に響き渡るいまだかつて聞いたこともない恐ろしい咆哮──。

 桃太郎はやぐらの舞台上で咄嗟に振り返り、咆哮の発せられた村の北、花咲山の方角を見た──。


「──ッッ──!?」


 桃太郎は絶句した。一体の大鬼が両手両足を使って猛獣のように、村の中央に建つやぐらに向けて──桃太郎に向けて疾駆して来るではないか。


「──鬼……ッッ!?」


 巌鬼と視線を合わせた桃太郎が愕然としながら声に出すと、巌鬼は地面にしゃがみ込んで、歪にねじ曲がった額から伸びる赤い二本角を見せつけるようにしてから、天高く跳躍した。


「──死ネエエェェッェエエエイッッ!!」


 黒い鬼の爪が生え揃った太い両手を広げながら、やぐらに向かって飛び掛かって来た巌鬼──。

 縦に赤い線が入った黄色い眼球を見開き、口を大きく開けて牙を剥き出し──その狙いは明らかに桃太郎であった。


「──くッ……!」


 桃太郎は咄嗟に、呆然として頭上の巌鬼を見上げている村長と和太鼓を叩いていた男を両脇に抱えると、やぐらの舞台上から飛び降りた。

 次の瞬間──ドゴォォォオオオオオン──という途轍も無い衝撃音と共に粉砕されたやぐらは、飛び散った瓦礫を周囲の村人たちに容赦なく降り注がせた。


「……ぐう……ッ!」


 地面に倒れ伏した桃太郎は、崩壊しながら倒れ込んできたやぐらの残骸に押しつぶされてうめき声を発した。

 桃太郎は両脇で気を失っている村長と打ち手の姿を確認すると、膂力を使って立ち上がり、伸し掛かる残骸を持ち上げた。


「……おい! ──起きろッ! 早く……出てくれ!」


 桃太郎が声を掛けるが二人は気絶したまま目覚めなかった──そして次の瞬間、再びあの地響きのような恐ろしい咆哮が聞こえ、桃太郎は夜空を見上げた。


「──グルァアアアアアアアッッ!!」


 両手を広げて桃太郎に向かって落下してくる毒々しい紫色の肌をした温羅巌鬼──桃太郎は倒れ伏す村長と打ち手の男を見やってから苦悶の表情を浮かべた。


「……くそッ!」


 桃太郎は止むを得ず、自身の体だけを跳ね上げて残骸から抜け出すと、巌鬼の落下地点から素早く距離を取った──すると、村長と打ち手の男が目を覚ますのが見えた。


「……あッ」


 声を上げた桃太郎が思わず手を伸ばした次の瞬間──ドォォオオン──と、またしても轟音が響き渡り、あたりに濃い砂煙が舞った。


「……あ……ああ……!」


 桃太郎が突然の事態に気を動転させながら声を漏らすと、砂煙の中から両手を広げた黒い影が迫って来る。


「──グラァァァアアアアアアアッッ!!」


 その咆哮が耳に届くと同時に、桃太郎は腰の白鞘に手を掛けて〈桃源郷〉を引き抜こうとした──が、抜けなかった。


「……ッ、抜けない……!?」


 桃太郎が目を見開いて愕然とした直後、桃太郎の顔面目掛けて分厚い鬼の手のひらがぶつかってきた。


「──ぐゥウウううッ!」


 桃太郎は顔面を鬼の手で掴まれたまま、全力疾走する温羅巌鬼によって家屋の外壁に背中から叩きつけられる。


「──グッラァァアアアッッ!!」

「……がッはアアアアアッッ!!」


 あまりの衝撃に、桃太郎は血を吐き出しながらうめき声を上げた。砕けた木造家屋の外壁、その中に突入した温羅巌鬼は狭い居間の中で桃太郎の耳元に話しかけた。


「──俺が……誰だか、わかるか?」

「……が……ああ……があ」


 桃太郎は顔面を万力のような怪力で掴まれ続けたまま、両手で巌鬼の腕を掴んだ──そして、口から血を流して嗚咽を漏らす。

 巌鬼は"鬼の睨み"を効かせながら、足元に転がる鉄の急須を分厚い鬼の足でペシャリ──と踏み潰しながら咆哮するように怒声を発した。


「──俺が、誰だかわかるかよォ……!? ──なァッッ!?」

「……う……うう……!」


 巌鬼は、悲鳴のような怯えた声を上げて返した桃太郎の顔を更に強く掴むと、上半身を大きくひねった。


「──グルァアアアアッッ!!」


 そして、鬼の咆哮を張り上げながら、村の中央のやぐらの残骸に向かって全力で放り投げた──地面に激突した桃太郎の体は、蹴鞠のように何度も跳ねながらやぐらに向かって転がっていく。

 崩壊したやぐらは、近くのたいまつが倒れた影響で引火し、夜風に煽られながら段々と大きな炎を燃え上がらせていた。


「──桃太郎……俺はキサマのことを、よォく知っている──」


 巌鬼は穴が空いた家屋の壁を怪力で崩しながら這い出てくると、憤怒の形相を浮かべながら、一歩一歩──ドシ、ドシ──と黒い爪が生えた鬼の太い足で地面を踏みしめながら、桃太郎に迫って来た。


「──なァ……これを見れば、俺のことを思い出せるか……?」

「……ぐ……ぐう……」


 口から血を流した桃太郎は、後退りしながら巌鬼から距離を取ろうとするが、燃え上がるやぐらから発せられる炎の熱でこれ以上下がるのは不可能だった。

 そして、巌鬼はおもむろに黒牛の毛皮で作られた羽織の衿に手を入れるとグッ──と胸元を開いてみせた。


「……っ……!」


 桃太郎が息を呑む──巌鬼の筋肉の張った屈強な紫肌の左胸、そこには刀による大きな刺し傷の跡があった。


「──20年前に、殺したよな、この俺を──」

「……っ、うそだ……」


 巌鬼の怨嗟に燃える黄色い瞳を見た桃太郎は燃え盛るやぐらを背にしながら、濃桃色の瞳を激しく揺らした。


「──温羅の息子、巌鬼をッッ──!! ──20年前にキサマは一度殺したよなァッッ──!!」

「──ッッ──」


 牙が伸びる口を裂けんばかりに大きく開き、黄色い両眼を見開きながら、恐ろしい鬼の形相で爆音のような咆哮を放った巌鬼。

 その瞬間──"がんきを殺さないで"と強く懇願した鬼母になった"おはる姉ちゃん"の顔が桃太郎の脳裏をよぎった。

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