鬼ヶ島──それは、常人には決して辿り着けぬ、この世とあの世の狭間に存在する"鬼の領域"──。
血の色をした赤い海に囲まれ、奇怪な黒岩と腐敗した赤土によって築かれた"呪われし絶海の孤島"──。
昼夜を問わず真紅の太陽が虚空に浮かびあがり、陰惨で不気味な赤い霧に覆われた"悪鬼の巣窟"──。
そして、今まさに此の鬼ヶ島にて、桃太郎とお供の三獣が、二体の大鬼を相手に死闘を繰り広げていた──。
「──ぬラぁああッッ──!!」
「──ギャインッ!」
咆哮する青鬼が豪快に振り下ろした金棒が唸りを上げ、青い法衣を身にまとった白犬の頭蓋骨を盛大に打ち砕いた。
「──犬ッ──!」
お供の甲高い断末魔を耳にした桃太郎が叫ぶと、背後から迫りくる赤鬼の金棒をすんでのところで回避する。
「──雉ッ!」
桃太郎の掛け声を合図に赤備えを身にまとった緑雉が素早く空を舞い飛ぶと、右脚に括り付けた太刀で青鬼の首筋をザッ──と掻き切った。
「──ぬォオオッ!?」
鬼特有の"黒い血"が噴き出した首筋を、分厚い鬼の手で抑えた青鬼は、慌てふためくように一歩二歩と後退した。
その隙に黄装束を身にまとった茶猿が絶命した白犬のもとへ駆け寄ると、両手の数珠を擦り合わせながら高速のマントラを唱え始めた。
「──猿! 犬を頼んだ! ──私は、赤鬼を討つッ!」
声を発しながら気合を入れた桃太郎は、神秘的に輝く銀桃色の刃を持つ打刀(うちがたな)──〈桃源郷〉を両手で低く構えて目を閉じ、深く息を吸った。
対する赤鬼は発狂したように咆哮しながら金棒を天高く振り上げると、侵略者である桃太郎を叩き潰さんと迫った。
「──フッ──!!」
濃桃色の瞳をカッ──と見開いて一息発した桃太郎は、低く構えていた〈桃源郷〉を素早く斬り上げる。
否──ただ斬り上げるだけでなく、その勢いで〈桃源郷〉を手放し、不気味な赤い霧をまとった鬼ヶ島の虚空へと力強く放り投げた。
「──ぬッ?」
桃太郎の不可解な行動に赤鬼は思わず足を止めると、クルクル──と弧を描きながら宙空を舞う〈桃源郷〉の美しい軌跡を見上げた──次の瞬間、桃太郎は赤鬼の懐に素早く潜り込む。
「──ヤェェエエエエッッ──!!」
そして間髪入れず、桃太郎は裂帛(れっぱく)の声を発しながら脇差(わきざし)〈桃月〉を腰の白鞘から引き抜くと、銀桃色に輝くその刃を赤鬼の分厚い胸板目掛けて斬り上げた。
赤鬼は桃太郎を遥かに超える圧倒的な体躯を誇った赤肌の大鬼である。桃太郎が右腕を伸ばしきってようやく〈桃月〉の切っ先が胸元に届いた──。
「──ハァッ──!!」
黒い鬼の返り血を顔に浴びた桃太郎は、〈桃月〉の切っ先が赤鬼の硬い筋肉を斬り裂く感触を右腕に感じながら、その〈桃月〉をも手放した──そして、素早く身をひるがえすと、赤鬼に対して背中を向ける。
それと同時に、宙空から落ち、赤い砂浜に着く寸前の〈桃源郷〉の柄を両手で力強く掴み取って握り締めた──その瞬間、桃太郎は全身から白銀に光り輝く"闘気"を放ち、心身を一息に集中させた。
「──悪鬼──死すべしッッ──!!」
桃太郎は鬼気迫る顔で叫ぶと、振り向き様に赤砂を蹴り上げて上方に向けて跳躍する──そして、既に〈桃月〉の斬撃によって分厚い筋肉の鎧を切り開かれている赤鬼の左胸──"鬼の心臓"目掛けて、〈桃源郷〉の長い刃を突き刺した。
頑丈な"鬼の心臓"は通常の刀では傷を付けることすら叶わない──しかし、〈桃源郷〉と〈桃月〉は仏の加護を宿した特別な刀、"仏刀"である。
人を斬るには"適さない"──しかし、鬼を斬るには"これしかない"という稀代の業物であった。
「──ッ、ヌオオオオオ──!!」
図太い"鬼の心臓"を"仏刀"で一突きにされた赤鬼は、黄色い眼球をグルン──と持ち上げた。次いで、雄牛のような野太くおぞましい断末魔を発すると、桃太郎ごと後ろに倒れ込んで絶命した。
赤鬼の死を確認した桃太郎が、大鬼の巨体に深々と突き刺さった〈桃源郷〉をグッ──と両手で引き抜くと、振り返りながらお供に向けて口を開いた。
「──猿! ──犬の様子はどうだ……!」
桃太郎が尋ねると、金棒で頭蓋骨を砕かれて絶命したはずの白犬がヨロヨロと立ち上がっているのを目にした。
その隣に立つ黄装束の茶猿は、白い数珠を付けた両手を合わせて合掌しながら、桃太郎に向けてうやうやしくお辞儀をする。
「……よくやった、猿……! ──犬も、よくぞこらえてくれたな……!」
「──キィっ!」
「──ワンっ!」
笑みを浮かべた桃太郎の言葉を受けて、茶猿と白犬は信頼の眼差しを桃太郎に向けながら喜んで鳴いて答える。そして、桃太郎が地面に落ちた〈桃月〉を拾い上げたその時、赤い空を舞う緑雉が甲高い声で鳴いた。
「──ケーンッ!」
それは桃太郎に注意をうながす鳴き方であった──次の瞬間、大気を揺るがす怒りの咆哮が桃太郎に向けて発せられる。
「──ガァァアアッッ──!!」
緑雉の一撃によって深く抉られた首筋を鬼の手で抑えながら、憤怒に燃えた黄色い眼を桃太郎に向けた青鬼──更に、その咆哮を耳にしたのか、青鬼の後方から二体の別の大鬼が走ってくるのを桃太郎は目撃した。
「──よぉし──やるぞ、みんな──」
桃太郎が濃桃色の瞳に覚悟の熱を込めながら告げると、お供の三獣が一斉に駆け出して、桃太郎の周りを取り囲むように布陣した。
桃太郎の右隣には曼荼羅が描かれた青い法衣を着た白犬──左隣には黄装束を身にまとい両手に数珠を付けた茶猿──そして上空には、武田軍由来の見事な赤備えを着込んだ緑雉が飛ぶ──。
「──長きにわたって日ノ本を苦しめてきた鬼ヶ島を──今日で、終わらせるんだ──」
白い軽鎧で身を固め、金色の額当てを桃色の髪を持つ頭に巻いた桃太郎が、二振りの"仏刀"を両手に握り締めながら声を上げた。
不気味な霧に覆われた赤い空の下──鬼ヶ島の上陸に用いた木船と、打ち寄せる赤い波を背にして、桃太郎とお供の三獣が迫りくる大鬼に対峙する。
「──御師匠様──"鬼退治"、必ずや、やり遂げます──」
目を閉じた桃太郎は、祈りを捧げるようにそうささやくと、全身から銀色の"闘気"を激しくほとばしらせた。
「──悪鬼ども──覚悟ッッ──!!」
決起の声を発すると同時に目を見開いた桃太郎は、二振りの"仏刀"を両手に構え、お供の三獣と共に鬼ヶ島の鬼に向かって駆け出した──。