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2.吉備団子

「──やあやあ! 我が名は桃太郎ッ! ──犬、猿、雉のお供を連れて鬼を退治に来た者だッ!」


 鬼ヶ島に上陸してすぐに襲ってきた赤鬼と青鬼を退治し、更に道中に現れた鬼を一体一体油断せずに退治した桃太郎とお供の三獣。

 遂には鬼ヶ島の中枢である鬼ノ城に辿り着くと、天高くそびえ立つ漆黒の鬼門の前で叫んだ。


「──鬼ヶ島首領、悪鬼温羅よッ! ──居るならば早々に出てこいッ!」


 桃太郎が鬼門のてっぺんに飾られている憤怒の形相を浮かべた巨大な鬼瓦を見上げながら大声を発する。

 しかし、なんら応答は無く、桃太郎は鼻で深く息を吸いながら背後にいるお供の三獣に目配せをした。


「……構わない。開かないならば門以外の場所から鬼ノ城の内部に入ろう。きっとどこかに抜け道があるはずだ──しかし、ここは酷い臭いだな……大丈夫か、みんな?」


 桃太郎の問い掛けに対して、茶猿は元気なく小さく鳴いて返した。今日だけで幾度も死んだ白犬もまた疲弊の色を隠せずにいた。


 ──鬼ヶ島……過酷とはわかっていたが、余りにも過酷……。


 目を伏せた桃太郎は白い軽鎧の下に着込んだ着物の懐に手を入れると、村からの出立の際にお婆さんから貰った巾着袋を取り出した。


「……みんな。これが最後の吉備団子だ」


 桃太郎は巾着袋の中に入っているお婆さん手作りの吉備団子を一つ摘み上げると片膝をついてしゃがみ、茶猿に手渡した。


「──猿。疲れたよな……ありがとう。でも、もう少しだ」


 桃太郎が優しい顔で感謝の言葉を述べると、茶猿は小さな両手を前に出して吉備団子を受け取り、お辞儀をしたあとにぱくぱくと食べ始めた。


「──犬……ありがとう。もう少しの辛抱だ。こらえてくれな……」


 巾着袋から次の団子を摘み上げると、桃太郎は白犬の方を向いて手渡した。白犬は吉備団子を口に頬張ると噛み締めるようにほのかな甘みのある素朴な味わいを堪能した。


「──雉。いつも頼りにしている……ありがとうな」


 桃太郎は巾着袋から最後の吉備団子を摘み上げると、巾着袋を赤土の上に敷いてその上に吉備団子を置いた。緑雉は軽く鳴いたあとに、吉備団子をついばんであっという間に食べ終える。

 桃太郎はそんな三獣の様子を見ながら微笑みを浮かべた。三獣は己の分の吉備団子を食べ終わると、地面に置かれた空の巾着袋を見た。


 そして、互いに顔を見合わせて──次いで桃太郎の顔を見た。

 桃太郎の分の吉備団子がないことにようやく気づいた三獣は困惑の面持ちを浮かべた。しかし、それを察した桃太郎は首を横に振ってから口を開いた。


「──いいんだ。みんなが美味そうに食べている姿を見ているだけで、私は十分にお腹がふくれるんだ」


 桃太郎の話す人間の言葉は、お供の三獣には理解できない。しかし、その仏のような慈悲深いほほ笑みがすべてを物語っていた。

 まだ20歳になったばかりの若武者のその笑顔を見ただけで、三獣は心の底から忠誠の気持ちが溢れ出て、誰先ともなく自然と桃太郎に我が身を寄せた。


「──ふっ……みんな……」


 桃太郎は小さく笑いながら両手を拡げて三獣を胸に抱き入れると、地獄にも似た鬼ヶ島の中心地にあって、一人と三獣の心休まる安らかで温かな空間をその場に作り出した。


「──今日、この日──すべては、この"鬼退治"のために修行を重ねてきたんだ……やるぞ──みんな」


 桃太郎は抱き寄せた三獣にそう告げ、自らの心にも言い聞かせるようにそう呟きながら、決意の眼差しを浮かべた。

 その決意が三獣にも伝わり、鬼退治に向けて皆が一丸となった次の瞬間──砂袋を激しく叩いたような、酷く低いしゃがれ声が辺り一帯に重苦しく響いた。


「──よくぞ鬼ノ城まで辿り着いたな──人の身でありながら、驚いたぞ」


 そのおぞましい声を聞き、全身に緊張が走った桃太郎は三獣から腕を解いて立ち上がると、三獣も桃太郎の周りに展開し、即座に臨戦態勢を取った。

 そしてその声は紛れもなく──温羅──鬼ヶ島の首領の声に他ならないと桃太郎は理解した。


「…………」


 眼光鋭い桃太郎が鬼門に向かって振り返ると、グググググ──という赤土をこする鈍い音と共にゆっくりと巨大な門が開いていく。

 桃太郎は左腰に備えた〈桃源郷〉の白鞘に手を添え、いつ鬼が飛びかかって来ても即座に抜刀が出来るように構えを取った。


 しかし、桃太郎の予想に反して、大きく開け放たれた鬼門の奥に現れたのは、何千本もの燭台の灯りが取り囲んで照らし出す広大な開けた空間であった。

 その広場に対して、桃太郎が注意深く目を凝らすと、そびえ立つ高い城壁に囲まれた広場の更に奥に鬼ノ城の威容と城内に通じるであろう大扉が見えた。


「──行こう、みんな」


 桃太郎は三獣に振り返らずに前を向いてそう告げると、明らかに罠であると感じながらも慎重に、しかし堂々と鬼門を跨ぎ、広場の内部へと足を踏み入れていく。

 桃太郎が広場に入り、そして三獣も入り切ると、開かれていた鬼門がグググググ──と、まるで獲物を飲み込んだ獣が喉を鳴らすような低い音を立てながら赤土をこすって閉じられていった。


「…………」


 その様子を桃太郎は横目で確認する。そして、脳裏に浮かぶ考え──今なら、まだ引き返せる。


「……フゥゥゥゥ……」


 ガコォン──と重い音を立てながら鬼門が完全に閉じられ、桃太郎は深く息を吐きながら再び前を向いた。

 息を吐きながら、一瞬でも脳裏に浮かんでしまった弱気な考えを吹き消す。


 "鬼の広場"に閉じ込められた。中に入ればこうなるとわかっていた──覚悟はとうに出来ている、むしろこの状況を望んでいた。

 しかしやはり、これから温羅との決戦が始まるのだと思えば、桃太郎の心臓の鼓動は否応なしに激しくなった。


「──しかして、桃太郎──キサマ、どのようにしてこの鬼ヶ島に辿り着いた」


 温羅の声が広場に響いた。先程よりもはっきりと声が聞こえるということは距離が近づいている証拠だろう。

 しかし未だにその姿は現さず、桃太郎は前方にそびえ立つ漆黒の鬼ノ城を静かに睨みつけた。


「──この鬼ヶ島は、"鬼の血"を持つ者でしか辿り着けぬ絶界の領域──すなわち、我ら鬼は人間界に攻め込めるが、人間どもは鬼ヶ島には到底来れんはずだが」


 温羅の投げかけた言葉に対して桃太郎は沈黙を貫いた。その対応に温羅は不満げに低く喉を鳴らす。


「──ふゥむ……答えられぬか──」


 温羅が言うと、桃太郎は鬼ノ城を睨みつけたまま毅然とした態度で口を開いた。


「──姿を現せ、悪鬼温羅──でなければ、こちらから行くぞ」


 宣言するようにそう告げた桃太郎は、鬼ノ城に向けてゆっくりと歩き出した。それに呼応して犬、猿、雉──お供の三獣も前進を開始する。

 真紅の太陽が浮かぶ霧がかった不気味な空の下、大量の燭台に刺された歪なロウソクの灯りに照らされた広場を桃太郎一行が慎重に進んでいく。


「──桃太郎、若き侍よ。キサマの武勇は認めよう──されど、これまで」


 桃太郎が広場の中央まで歩みを進めると、温羅は低い声で発した。


「──キサマが鬼ノ城に足を踏み入れることは、城主であるこの温羅が許容せぬ──」

「──悪鬼の許しなど、必要ない」


 温羅の言葉に対して桃太郎は端的に返した──だが次の瞬間、広場の雰囲気が一変した。

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