「こんにちは! 今日も美味しいワインをお持ちしましたぁ~」
「やあ、マリーちゃん、今日もご苦労様」
私は見張り台から身を乗り出した。やはり現れた。ちょうどマーケットの一週間前。荷物の運び込みが最も多い日。
いつも通りの笑顔を振り撒きながら、門番の男性はチラリと見張り台にいる私の方を見た。私はうなずいて、階段を駆け降りる。マリーちゃんの目の前に立ち塞がると、できる限り険しい顔をして睨み上げた。
「荷物を改めさせてもらいます」
突如目の前に現れた私に、マリーちゃんは動揺する。
「え、ちょっと、待ってよ。ちゃんと税金は納めて来てるわよ。誤差もないはずだし」
私はマリーちゃんの言葉を聞かず、ずんずんと彼女との距離を詰めた。
「あとね、私気になってたことがあって。失礼」
私は素早くマリーちゃんのスカーフに手をかけて、それを一気に引き抜いた。
いきなり首元を掴まれるとは思わなかったのか、彼女の抵抗は間に合わない。
スカーフが消えた首元を見て、私はニヤリと笑った。
「マリーちゃん、やっぱり男だったんだ」
マリーちゃんの首は思ったより太くて、喉仏がしっかりとあった。
ふわふわとした長髪と、スカーフで隠していたのだ。長袖や、極力肌を隠す服装も、男らしい体型を誤魔化すためだったのかもしれない。
(初めて見た時、体は華奢だけど首が太いなって思ったんだよね。力仕事をするのに、髪を下ろしてるのも、ボリュームのあるスカーフっていうのも妙だったし)
「っく……! この野郎!」
油断した。
スカートの下から、「彼」はナイフを取り出した。
(そっか! 武器を隠すためのこの服装っていうのも考えられたよね!)
油断した。そして、考えが浅かった。
素早い動きで、私の脳天目掛けてそれを振り下げる。
「危ない!」
突如体が宙に浮く。ナイフは私の顔面スレスレのところを通過し、もっさりした前髪を掻き切っていく。そのままひっくり返る途中で、スーさんがマリーちゃんに向かっていったのが見える。どうやら私は彼に首根っこを掴まれ、後ろに引っ張られたらしい。
石畳に背中を打ち付けられ、私は呻き声をあげる。
その間にも、門に控えている衛兵たちが積荷の中に隠れていた男を取り押さえていた。
「業務連絡! 業務連絡! ウェリントン門、メイデン門でも不審者確保!」
マツゲが叫んだ報告の内容を聞いて、私は背中をさすりながら、ほっとため息をついた。
「よかった。他の門でも捕まったみたいで」
スーさんに、各門の通関記録の閲覧許可をもらったあの日以降、各門を周り、私は自分の直感を頼りに資料を読み漁った。
メモを取る必要はない。ただひたすら付番された資料を読めば、どんどん頭の中に「写真」の形で記録が流れ込んでくる。
読み進めば読み進めるほど、頭の中に点在した通関記録の点が、線で繋がっていった。
「やっぱり……! 間違いない」
最後に記録を読んだリンドル門から、私はスーさんのいるセルリアン塔へ走った。
すでに閉門時刻後だったが、事は一刻を争う。門番長室へ飛び込むと、スーさんはまだ仕事をしていた。
「なんだなんだ! 騒々しい。埃が立つだろうが、静かに歩け」
「やっぱり私の直感は正しかったんです!」
とにかく話を聞いて欲しくて、両手を机の上にバン、とついた。
きっと日本で同じことをやっていたら、早々に部屋から追い出されていただろう。
しかしスーさんは、眉間に皺を寄せつつ片眉を上げつつも、私の話を聞く体勢を作ってくれた。
「話してみろ」
「はいっ!」
私は意気込んで椅子に座ると、一度深呼吸をして自分を落ち着け、口を開いた。
「ロッテンベルグ以外の10の門から借りた通関記録も読んでみたところ、メリバスのワインギルドは、ウェリントン門、メイデン門そして、ロッテンベルグ門を運び込みに利用しています。しかもここ最近になって、ワインの運び込み量が増えてます。これらのワインの納税地はすべてマレルです。やはり、ウェリントン門、メイデン門の計測でも追徴はありません」
「つまり?」
「これは推測でしかありませんが、ロッテンベルグ門での捕縛率が上がって、警戒したセイレーンの活動家が、メリバスのワインギルドに協力を頼み、荷物の中に忍び込ませてもらっているのかもしれません。積荷を調べればわかることですが」
「これまで見逃してきてしまっていたとしたら、とんでもない落ち度だな」
「ちなみに、どの門での運び込み時も、見目麗しい女性が帯同し、通関手続きを行なっています。ロッテンベルグ以外でも、門番たちがやっぱり夢中になってたみたいで」
「……嘆かわしい」
あとはもう少し確信が欲しい。今の私の意見は、「メリバスのワインギルドがセイレーンの拠点であるマレルで計測しているのが怪しい」という疑念に基づいたもの。この二つの団体の関連性が全くないとなれば、今の話は机上の空論に過ぎない。
私は椅子に座り直し、スーさんの顔を見る。
「スーさん、セイレーンとメリバスのワインギルドとの間に、何か関係性があったりはしませんか。協力関係になるような要素は?」
スーさんは眉間にひだを作り、目を瞑る。
数刻おいて鋭い緑の瞳が、こちらを見た。
「メリバスのワインは、昔ながらの製法で作っているのもあって人手がいるんだ。しかし最近は都市部に若者が流出しているために、人手不足に陥っている。ワインの産出量も下り坂だ。そのため隣町のセイレーンに、機械技術による作業効率化の相談に行っている、という話を関係者から聞いたことがある」
繋がった。強固な裏付けではないが、十分に可能性が見えてきた。
「あとはワインの積荷からセイレーンの関係者が出てくれば、ってことですね」
「そうだな」
調べ物疲れもあって、私は机に突っ伏し、息を吐いた。
ぐったりしながらも、今度は別の疑問が頭に浮かぶ。
「でも、わざわざどうして『指名手配犯』が王都に乗り込もうとするんでしょう? 警備の厳しいこの時期に荷物に忍び込んでまで都にやってくるなんて、捕まりにくるようなものじゃないですか。どうやってでも首都に集まらないといけない何かあるんでしょうか……」
顔だけあげてそういえば、スーさんが眉間の顔を深くする。
「国王の生誕祭だ」
「……つまり?」
「セイレーンの手配書は、最近特に増えている。きっと国王や魔術師たちが、脅威に感じているからだ。それによって、セイレーンに所属するものたちも、相当ストレスをためているだろう。俺がセイレーンのリーダーだったら。平和的な運動をやめ、王都で大規模なデモを行う。そして騒ぎを起こすなら、人の多い日を狙う。その方が印象に残るし、衛兵による制圧も難しくなる」
顔色を青くしたスーさんは、ガタンと音を立てて立ち上がる。
「なんか物騒な話になってきましたね」
「各門の責任者のところへもう一度行ってくる。この話が現実になるなら、大変なことになる」
「私も行きます!」
私は慌てて資料室を出ていく彼の大きな背中を追って、走ったのだった。
◇◇◇
元マリーちゃんを取り押さえたのち、門番が三人がかりでワインの箱を退けていくと、大きな荷室のようなものが現れた。
人が隠れられるようになっていて、中から三人も男が出てくる。これを隠すためにワイン箱で周りを覆っていた形だ。さらに奥からは、機械技術を応用したらしき武器などが大量に押収された。
身元を確認すれば、やはり三人ともセイレーンの関係者。やはり、私とスーさんの推理は間違っていなかったようだ。
「お手柄だな」
いつの間にかスーさんが横に来ていた。私に向かって、遠慮がちに手を差し伸べる。
私は彼の手を掴み、痛む体をゆっくりと起こした。
「顔は大丈夫か」
「ええ、顔は痛くないので、どこも切れてないと思います。ほら」
私はぐいと前髪を片手で押し上げて、スーさんに笑って見せた。
「面白い顔をしている」
「面白い顔って酷くないですか?!」
憤慨しながらスーさんの顔をよくよく見れば、彼は頬を真っ赤に染めている。
「セイラ、お前」
「はい」
「お前はやっぱり前髪を切るな」
「えっ」
まるで小姑のように、ずっと「髪を切れ」ってうるさかったのに。
「なんでですか」
「なんでもだ」
「そう言われると切りたくなりますね」
「切るな! お前が髪を切らないのは、そんなに簡単に曲げられるほどのやわな信念だったのか? 顔は隠しておけ!」
私の鼻先に指を差してそう言い放つスーさんに、私はとびきり顰めっ面をする。
「……失礼ですね、そんなに酷い顔してますか、私」
「そういうことを言いたいんじゃない!」
なんなんだ。褒めたと思ったらいつもの態度に逆戻りですか。
(でも、まあいいや)
このうるさい人と働くのは悪くない。
自分らしくいても、卑屈にならないですむ。
「クソっ、国王の犬どもめ! 国民の生活を良くしようと努力することが、そんなに悪いことなのかよ。ふざけんな!」
元マリーちゃんが、そう叫んでいる。彼も実はセイレーンの人間だったらしい。
私は彼の言葉を聞いて、少し悲しくなった。
彼らは悪くないと、個人的には思う。暴動とか起こされたらたまったもんじゃないけれど。
人々の生活を良くしようとすることが、罪なわけはない。
本当に悪いのは——。
「やあやあ、素晴らしいね。さすがは異世界の賢人殿」
うっすら聞き覚えのある大声にハッとし、私は視線を声の方向に向けた。
(えーと、この袈裟の魔術師おじさん、名前なんだっけ)
「ルーカス殿!」
スーさんがそう言うのを聞いて思い出した。
この国で一番偉い筆頭魔術師のおじさんだ。
っていうか、今「異世界の賢人」ってはっきり言わなかった?
その場にいる門番たちが、一斉に敬礼をした。
慌てて私も敬礼をする。
「セイラ・コンゴウ。異世界より国王の命で呼び出された賢人よ。王の命に従い、この王都メケメケの平和に良く貢献してくれた」
異世界の賢人、という言葉に、ざわざわとあたりが騒がしくなる。だが、誰もこのおじさんの言葉を遮るような地位を持っていないためか、質問をしようとする者はいない。
もしも本当に大規模なデモや暴動が画策されているとしたら、上部にも報告をしておいた方がいい。
そう判断してスーさんが王宮へも情報を回していたようだが、まさかこの人がここに直接出向いてくるとは思わなかった。
満足げな魔術師おじさんを前に、私は苦虫を潰したような顔をする。
「ああ、セイラ。そのままでは話しづらかろう」
首周りの重みが、突然消えた。首輪を掴もうと首元を探れば、跡形もなくなっている。
(国王の功績を表す異世界の賢人として私をPRするためには、もうこの首輪は邪魔ってわけね)
悪態をつきたいのを堪えながら、私は極力穏便に話しかける。
「あのー、今回捕まえた人たちはどうなるんでしょう」
そう問えば、威厳たっぷりの面構えで魔術師おじさんが答える。初めて会った時、自分の実績が危うくて眉間に皺がよっていた時とは大違いだ。
「もちろん、全員処刑だ。王都の治安を脅かそうとしたわけだからな」
彼がサラリと言った「処刑」という言葉に、私は唇を噛む。
スーさんを見ると、彼も複雑な表情をし、俯いていた。
未遂でも、彼らは人の命を奪う武器を所持していた。武器を所持し、不正に大量の入国者を王都内に侵入させようとしていた。それに関しては言い逃れができない。
「あのー、今、この国って、魔術師不足で大変なんですよね? 機械技術の発展は不可欠とか」
私の質問に、魔術師おじさんは笑顔で答える。
「その通りだ」
「では異世界の賢人である私から、提案があります」
「ほう、なんだ。言ってみなさい」
ここまで言って、ちょっと緊張してきた。
考えはあるのだけど、「異世界の賢人」なる肩書きが明かされ、衆目が自分に集中している状況で話すというのは、なかなかにハードルが高い。
私は手近にあったワインの箱を開けると、一瓶取り出して栓を開け、一気に煽った。