かしこまった雰囲気が崩れ、いつもの通りの態度に戻ったスーさんは、運ばれてきた食事と酒をつまみ始める。
「要は、仕事場で話せない話をしようとしてたわけだな」
「手配書の内容と、最近捕縛した人たちの関連性について気づいたことがあったんです。でも手配書について話をしようとした時、スーさんが話を逸らしたように見えたので。それであんまり大っぴらに話せないことなのかと」
盛大にため息をつきつつ。いつものように眉間に皺を寄せ、スーさんは話し始める。
「あのままお前があそこでその話をしていたら、お前が王宮の監察官に目をつけられていたかもしれない」
「監察官?」
「門は王都の防衛の要。そこで反乱因子が生まれれば、外部から攻め込まれる隙ができてしまう。だから監察官は、門番の中で不穏な動きをするものがあれば王宮に報告をするのだ。俺も誰がそうなのかは知らないが。各門に一人は配属されている」
背筋に悪寒が走る。
危なかった。首輪をつけられている身で、これ以上の面倒を起こせば、さらに行動が制限されるかもしれない。
というか、どれだけ疑心暗鬼なのだろう。身内まで監視するほどに、王や魔術師たちは自分の権威が崩される脅威を感じているということなのだろうか。
スーさんは視線を落とし、話を続ける。
「活動家の手配数が多いのは……。魔術師の数が減り、これまでも放置され気味だった地方都市までケアがさらに疎かにはなった結果、自分たちになりに国を良くしようと国に提案をするギルドが増えてきているからだ。それを国は不穏な動きと捉え、抑えようとしている」
私は耳を疑った。
国を良くしようと活動している人を、捕まえている?
自分たちの立場を脅かす存在だから?
「そんなのおかしいじゃないですか。話し合いでは解決できないんですか? 魔術師の数の減少はどうにもできないことだって王宮で聞きました。こういうときこそ色んな人が関わって、知恵を絞るべきなんじゃないですか?」
スーさんは眉間に皺を寄せ、固く唇を結ぶ。
「この国は長く魔術によって栄えてきた。魔術師の権力が揺らぐようなことは、国家運営の基礎を揺るがすものだと考えている。民の力によって国が変わることは––––」
まるで法律でも読み上げるようにそう言うスーさんの言葉に苛立ちを感じ、私はテーブルに勢いよく両手をついて立ち上がった。
「スーさんはそれが正しいと思ってるんですか?」
「それは……」
スーさんは言葉を発そうとして、それを飲み込み、眉間をもむ。
怖い顔で腕を組んでいるが、これは怒っている訳じゃないのはわかる。
「お前には敵わないな。どうせはぐらかしても、また正面から思い切りぶつかってくるんだろ」
「はい、すみません。空気読めないので」
彼は呆れたように息を吐くと、体勢を崩す。
「俺も、正しいとは思っていない。本来はこうしたギルドの考えを聞き、手を取り合いながら魔術に代わる技術も、国として発展させるべきだと思っている」
「でも?」
「やり方を間違えれば、俺の部下や親類に危害が及ぶ。宰相の甥とて、国王や魔術師などに目をつけられれば一捻りだ。国のあり方を変えるには、今は理不尽に目を瞑り、上を目指すしかない」
(……スーさんはスーさんで、いろいろ考えてんだな)
真面目なこの人のことだから、ただ無感情に従っているとは思わない。
間違っているとは思いながらも、身動きがとれないでいるのだ。
「スーさんの言ってることはわかります。でも、そんな悠長なことを言ってられない事態が起こってるかもしれないんです」
「……どういうことだ?」
「昨日の終業後、いろいろ調べてたんですけど。『セイレーン』という名の機械技術ギルドに関係する活動家の確保数が最近増えてます。55番と40番、109番と207番……他にも」
「お前が監視を始める以前は、そもそも指名手配犯の確保数はそこまで多くなかったが……それでも、ちょっと多いな。セイレーンはこの国で一番大きな機械技術ギルドだ。最近は以前にも増して国にギルドに対する規制緩和を求める運動が活発になってる。魔術に変わるものとして、今こそ機械技術を盛り上げていくべきだと考えてるようだ」
頭の中で浮遊するデータを思い浮かべながら、私は続ける。
「ちなみに、機械技術ギルドって、具体的には何をやってるんですか? 私は単に資料で言葉を記憶してるんだけなんで、実際何をしている団体なのかは知らなくて」
「この国で一般的な機械、例えばヘテルみたいな魔道具は、魔力が必要なんだが。機械技術ギルドでは、魔法をまったく用いずに使える生活機器の開発なんかをやっている」
「え、そういうギルドがあるんですか。じゃあなんで……」
疑問を最後まで口にする前に、私は結論に思い至る。自分の首元に手を置き、かちゃかちゃと首輪を弄んだ。
多分、国王と魔術師の「メンツ」と「利益保護」の問題だ。
機械技術ギルドなら、すぐにでも魔術に変わる機械を民衆に提供することができる。彼らに力を持たれては困るのだ。
(だからわざわざ異世界の賢人を召喚して、自分たちで「最先端の機械」を開発しようとしてたわけだ。プライドが高くて笑っちゃうな、もはや)
「続々とセイレーンの活動家が門にやってきているところを見るに、嫌な予感がします。まだ情報が少なくて断定できないけど。暴動か何かを企んでいるのかも」
「そうだな……今はお前がいるから、首都への侵入はある程度防げているが。他の門では防げない。このまま仲間の捕縛が続けば、そのうちロッテンベルグ門以外の門からの侵入が増えるだろう。暴動なんか起こしてみろ、セイレーンの奴ら、一発で縛首だ。俺も明日、他の門との連携を進めるとしよう。話してくれて助かった」
「いえ、どうしてもスーさんに伝えないといけない気がして。よかったです、時間をとってくださって」
塊の肉を頬張る。
国のこの状況には腹がたつ。理不尽な扱いをされる人たちが可哀想だとも。それにそもそも、そうした王や魔術師の身勝手な政治のせいで、私だって巻き込まれてこんなところまで飛ばされてきたのだ。
「セイラ」
「むぐ?」
「お前、その肉切り分けて食べるやつだぞ……」
スーさんがもう堪えきれないとばかりに吹き出す。
初めて見る上長の笑みに、私は思わず見惚れてしまった。
そんなに穏やかに笑えるのなら、いつもそうしていればいいのに。