マツゲさんはさすが門番長補佐官ということもあって、仕事が早かった。お昼に明日約束ができたといえば、即「最適な場所」の予約をとってくれた。
丁寧にお礼をいえば、「なんか仕事人っぽくなってきたね!」と笑われてしまった。周りが注意しつつも、温かかく見守ってくれるおかげで、自分のダメな部分も少しずつ矯正されているのかもしれない。
マツゲさんは待ち合わせ場所から話のしやすい個室まで、すべてを決めておいてくれた。こういう段取りは苦手なので、大変ありがたい。
アハバの木というのが王都メケメケでは定番の待ち合わせスポットらしく、私は今そこでスーさんを待っている。他にもたくさん若者が待ち合わせしているのをみて、日本でいう渋谷のハチ公像のようなものなのかもしれないと思った。
(そろそろ時間だな)
「セイラ」
名前を呼ばれて顔を上げれば、スーさんがいた。
(……んん? え、結構な正装じゃないですか、それ)
彼が着ていたのは、スーツのようなカチッとした服装で。もっと私服のだらけた感じでやってくるかと思ったので、少々驚いてしまった。
そういう私もきちんとしたワンピースのような格好をマツゲさんに手配され、言われるままに着てきているのだが。彼に指示されなければ、多分部屋着に毛が生えたレベルの格好で来ていた。
「悪い、出がけに仕事が立て込んでしまって。待たせたか」
「はい、それなりに」
「……申し訳ない」
「大丈夫です、気にしてないので」
「お前な、こういう時は」
いいかけて、スーさんは言葉を引っ込める。らしくない。いつもの口うるさいスーさんが鳴りを顰めている。
(アハバで待ち合わせって言った時も、動揺してたんだよなあ。なんだったんだろ)
初めスーさんが店を予約すると言い始めたのだが、目的にあった場所にするためには、やはりマツゲさんに頼んだ方がいいと思い、それは断った。
もらった地図を頼りに進んでいけば、アハバからそう遠くない場所にその店はあった。
「お前、ここって」
「ラグーナって個室専門のお店みたいです。さ、行きましょう」
テーマパークっぽい外観も相まって、個室居酒屋っぽい。こういう店なら日本にいた時も入ったことが数えるほどはあったはずなので入りやすい。
「ちょ、ちょっと待て! いきなりこういうところは。こういうことは順を追ってだな」
「予約時間が迫ってるので、それともやっぱりダメですか?」
珍しくオドオドしているスーさんが、まるでいつもの私のように、髪をかきむしり、額をおさえて下を向く。
「女性にここまで言わせておいて、断るのも失礼か……。いや、だが、しかし」
あーでもないこーでもないと言い訳を繰り返す自分の姿は、他人からはこういうふうに見えているんだろうな、と私は思った。これは確かにイライラする。思いがけずスーさんの気持ちがちょっとわかってしまった。
「来るんですか、来ないんですか。はっきりしてください」
「う……。い、行こうじゃないか」
覚悟を決めたのか、スーさんは気合いを入れるような表情をしたあと、私を先導するように店の中に入っていく。何をそんなに勇気を出す必要があるのだろうか。お化け屋敷でもあるまいし。
ラグーナは、この近辺では比較的新しい店のようで、他に入ってくる客も若い男女が多かった。私の世界で言う中東を思わせるエキゾチックな装飾に、思わず目を奪われる。ピンク色の薄布のカーテンをいくつも越えた先、予約をしてある部屋があった。
「わあ、すごい広い。あ、ここのテーブルに料理を運んでもらえるんですね」
豪華な部屋に興奮し、あちこちの扉を開けてみる。食事をするだけの場所にしてはかなりの広さがある。個室内にベッド、トイレ、風呂まであり、1LDKのマンションのようだ。なぜベッドや風呂まであるのかは疑問だが。
「……スーさん。なんで入り口で突っ立ってるんですか」
「お前、よくこういうところに来るのか」
「そんなわけないじゃないですか。初めてです。こうやって上長をお食事に誘うのも初めてで、ちょっぴり緊張しました」
「そ、そうか……」
先ほどから赤かった顔をさらに赤らめ、恥ずかしそうにしながらスーさんは席につく。部下に食事に誘われるのがそんなに嬉しかったのだろうか。
「さ、座ってください。料理を待ちながら本題に入りましょう」
咳払いをしたスーさんは、深呼吸をして鋭い眼光でこちらを見た。
「どんとこい」
「はいでは。私が監視係を始めて4週間経ちましたが。活動家の手配書自体がすごく多いのに気がついたんです」
スーさんの動きが止まる。
「ちょ、ちょ、ちょ、待て!」
「え?」
「お前がしたかった話って、仕事の話か?」
「仕事の話以外に、私がスーさんとしたい話ってあります?」
「じゃあなんでこんな店を予約した?」
「この辺の店が分からなかったので、マツゲさんに予約を頼みました。店もお任せで」
そう言い放った瞬間、スーさんがヘナヘナと崩れ落ちた。
「っていうかマツゲって誰だ!」
「あの、いつもスーさんの指示でファイルと私が言った番号を照合してる、下まつ毛の長い……」
「ミゲルか。お前流石に三文字くらい覚えろよ……はあ、お前には振り回されてばかりだ」
「えー、そうですか?」
「そうだよ! ミゲルめ、あいつも人をおちょくりやがって……。後学のために言っておくがな、アハバの木は別名愛の木、恋人たちがよく使う待ち合わせ場所。このタイプの個室の店は、思いの通じ合った男女が一夜を共にする場所なんだよ!」
「……ええええ?!」
部屋の入り口の扉がノックされ、次々と料理が運ばれてくる。
スーさんはそれをみて、一旦怒りを収めたのだった。