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第12話 違和感

「あっはははは! 何それ、やばいね! いいじゃんいいじゃん、宰相の甥っ子との縁談なんて、そうそうやってこないよ? セイラちゃん門番長と結婚しちゃえばいいじゃん」


「いやです。絶対に嫌です。私は一人静かに趣味に没頭したいんです。地位も名誉もある人との結婚なんて悪いことしかありません」


「結婚より重要な趣味ってなんなの?」


「ゲー……げふんげふん。人には言えないタイプの趣味です」


 危ない。うっかりゲームって言いそうになってしまった。

 異世界から来た人間というのはトップシークレット。同僚のマツゲさんと言えどそれを匂わせるような発言は気をつけないといけない。


「へーえ、そう」


 お昼休みに入って早々、私はまたマツゲさんに捕まり、ロッテンベルグ門近くの屋台に来ていた。

 なんで私ばっかり構うんですかと言えば、彼の仕事は門番長付きの補佐官なので、今の役職に配属されて以降同僚がいなかったのだそうだ。つまり、門番長付きの雑用係である私が初めての同僚となるわけで。おしゃべりの彼としては、どうしても私と仲良くなっておきたかったらしい。


「しっかし、綺麗な人いっぱいいたのに。なんで誰もスーさんの好みに引っ掛からなかったんでしょうねぇ」


 私がそう言えば、マツゲさんは困った顔をする。


「多分、門番長は貴族令嬢との結婚には向かないんだよ」


「どうしてですか?」


「ほら、貴族ってさ。下々の民あってのものでしょう? でも最近の令嬢の傾向としてさ、領地経営には無関心、贅沢するのが仕事みたいな感覚の子が多くて。真面目な門番長はそういうのが嫌みたい」


 令嬢たちに向けられた、スーさんの荒み切った表情が思い起こされる。

 あれは確かに、心底嫌だという顔だった。なるほどそういうことだったのかと合点がいく。


「ちなみにマツゲさんも貴族なんですか?」


「貴族だけど、うちはもう兄さんが家督を継ぐことに決まってるし、息子もこないだ生まれたから。僕は結婚を急がなくてもいいんだよね」


「なるほど」


「門番長は長子だし、いつかは領地を継ぐだろうから、結婚は必須なんだよ。だからアマンダ夫人は必死こいてるんだろうね。でも、門番長の両親がのんびりしてるからねえ。おっと、そろそろ時間だね。面白い話をありがと! また聞かせてね〜」


 手早く食器を片付け、マツゲさんは門の方へと走っていく。

 まだ昼休み終了までは20分はあるが、補佐官である彼は何かと忙しいのだろう。

 私はのんびりとした足取りで、見張り台の方へと向かっていった。


 ◇◇◇


「15番……」


「101番……」


「33番……」


「あ。24番」


 頭の中のデータが、目の前の人物たちと合わさる。変装していたり、髭を生やしていたり、いろいろ工夫はしているようだけど。脳内の画像と並べてみれば、すぐに本人だとわかる。


 私が声を上げるたびに、マツゲさんに指示を出していたスーさんだったが。途中で顰めっ面を私に向けた。


「お前、本当か? それ本当に確信持って言えるのか?」


「はい、自信あります。どの人も顔写真付きだったので」


「お前の頭、一度割って見てみたい」


「え、いやですよ」


「冗談に決まってるだろうが。ミゲル、どうだった?」


「恐ろしいことに、今確認できている番号については、全員指名手配犯本人であると確認ができました。そしてセイラちゃんが話した情報と、指名手配犯リストに記載された情報、ピッタリと一致しています」


 スーさんが、化け物を見るような目でこちらを見た。

 そんな顔で見られると、ちょっと傷つくんですけど。


「そういえばあのあと、玉ねぎ夫人とどうやって話を納めたんですか?」


 スーさんは「だから、そういう例えをするもんじゃない」とコワモテ顔で私に注意するが、口元が笑っている。


「仕方がないので、また別の縁談話を受けることにした。叔母上はお前も来るようにとのことだったが。絶対に来るなよ。話がまたややこしくなる」


「行きませんよ。あ、結婚式には呼んでくださいね。豪華なご飯は食べたいので」


「お前なあ。縁談話を受けるだけだ。また適当な対応をして潰すつもりでいる」


「ほどほどにしないと、本当に結婚したくなった時にできなくなりますよ?」


「うるさい」


 ニヤニヤしながら視線を門の方に向ければ、また、発見した。


「スーさん! いました。383番です!」


「コリンが近いな。ミゲル、指示を」


 383番の欄の記載内容を思い浮かべると同時、これまで確保された番号の記載をパラパラと頭の中で捲る。すると、これまで点と点だった違和感が、一つの線となって浮かび上がった。


「スーさん」


「どうした、またいたか」


「えーと、なんか、あの」


「なんだ、はっきり言え」


「多くありません……? そんなに指名手配犯って見つかるものですか? ていうか、そもそも手配犯のリスト、結構な厚みがあったんですけど。それもちょっと疑問で」


 勝手な印象だが、指名手配ってポンポン出されるものっていうイメージがないし、首都にここまで多くの手配犯が出入りするのもなんだか異様だ。初めはデータに照合する人物が見つかることが面白くて、楽しく仕事をしていたのだが。あまりに見つかるので途中から不安になってきたのだ。


 いつまで経っても返答が来ないので、スーさんの顔を覗き見ると、ずいぶんと真剣な顔になっていた。怖い、もともと怖い顔がさらに怖い。なんかまずいことを言ったのだろうか。


「それに、指名手配犯のほとんどが……」


「セイラ、ちょっと早いが今日は上がっていいぞ。疲れただろ」


 私の言葉を遮るように発されたスーさんの言葉に動揺する。


「えっ、あの」


「ありがとうございます、だろうが」


「あ、ありがとうございます」


 答えてもらえなかった質問が、モヤモヤと頭に残ったままだったが。

 すぐにマツゲさんと話し込み始めたスーさんに、再び話しかけるタイミングを失ってしまう。

 諦めて荷物をまとめ、見張り台をあとにした。


「閉門間近で、門も騒がしくなってたし。聞こえなかったのかな」


 とりあえず仕事は終わりだ。疑問はまた明日聞けばいい。

 門を出て、門番小屋に向かう途中、ふと背後を振り返る。

 すでに日が落ち始め、夕陽を受けた石造りの城門もピンク色に染まっていた。


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