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第10話 マツゲさん

「セイラちゃーん! 夜ご飯行こ!」


「丁重にお断りします」


「冷た〜い! 交流する気ゼロじゃん!」


「家に帰ってぼーっとしたいんです」


「じゃあさ、門番小屋の食堂でどう? ご馳走するからさ!」


 仕事が終わった直後、私はマツゲさんの突撃を受けていた。

彼は仕事中真面目なのだが、プライベートは陽キャ寄りの人間らしい。

速やかに離れて欲しいのだが、彼は職場での交友関係に重きを置くタイプのようでなかなか離れてくれない。


「門番小屋の食堂なら、いいですけど……。どうせそこで食べるつもりでしたし。そして離れた場所に陣取っても隣にやってくるんですよね?」


「正解! よくわかんね、セイラちゃん」


「ちっ、めんどくさい人だな」


「ひどっ! 深めようよ交友! 人類皆友達だよ?」


 ゲンナリした顔をしているうちに、門番小屋の前についた。

 この小屋は3階建てになっていて、1階が食堂と共用スペース、2階に個室が3つ、3階に個室が1つと物置部屋がある。今は私以外に女性の門番がいないため、3階の個室を私はひとりで使わせてもらっている。2階の3部屋は相部屋らしく、総計6人の男性門番がここで暮らしていた。


帰ったその足で食堂に行けば、すでに半分ほど席が埋まっていた。門番小屋は他にも3棟あるらしいのだが、私の住むこの小屋の食事が1番美味しいということで、他の小屋の門番もやってくるらしい。


「あら! セイラちゃん、今日はミゲルくんと一緒なのねえ! 今晩のメニューは芋のスープにスチームドチキンのスペシャルソースがけよ。たっぷりお食べなさいな」


 カウンターに行けば、緑色のエプロンをかけた恰幅の良いおばちゃんが食事を出してくれる。料金一律の前払い制なので、マツゲさんが先にお金は払ってくれた。


「あ、ありがとうございます……って、めちゃくちゃ多い!」


 咄嗟に文句を言う私の肩をおばちゃんはバンバン叩く。


「あなた細いんだから、それくらい食べなきゃダメ! 門番は体力仕事だし、しっかり栄養つけないと」


 おばちゃんの勢いに負け、部活飯のような盛り方をされたトレーを両手でもち、手近な席に腰を下ろす。すぐ後にマツゲさんもやってきたが、彼の盛られ方は私のほどではなかった。


「マツゲさん、あの、これちょっともらってくれませんか……」


「マツゲ?」


「あ」


 しまった。油断したら口から出てしまった。恐る恐る顔を見上げるが、彼は意外にも笑っていた。


「ああ! あれか、僕、下まつげ長いから!」


「す、すいません……」


「いーのいーの、全然気にしないで! 名前を覚えるのが苦手なんだっけ? 数字は覚えられるのに、不思議だねえ」


 気を悪くしたのだろうか。今のは嫌味? 彼の話した言葉の意図がわからず、挙動不審になってしまう。


「外国から来たんだもんねえ。わからないことだらけでしょ。ちなみにどこから来たの? セーブル? トリエスタ?」


 どうやら本当に気にしていないらしい。ホッとしたのも束の間、突然の身元確認質問に狼狽える。


「セ、セーブル? だったような?」


 「外国人留学生聖良」としての設定資料は渡されているのだが、正確には覚えられていない。文字ばっかりの資料を読むのは苦手なのだ。


「だったようなって、故郷でしょ」


「はは……ははは……」


 一刻も早く逃げたい。だが相手がそれを許してくれない。私は食事を早めに終わらせようと、目の前の部活飯に集中することにした。


「昼間の話だけどさあ。セイラちゃんは門番長に興味があるの?」


 想定していなかった質問に、私は米粒を盛大に吹く。幸い後ろの席までは飛んでいなかったが、マツゲさんは全身で受け止めてしまった形だ。


「わ! ワワワワ! すみません!」


「いや、へーきへーき! 気にしないで。あれ、でも図星?」


 マツゲさんは駆けつけてきたおばちゃんからタオルをもらい、顔を拭きながら詰めてくる。


「1ミリも関心ありません! 名前も覚えられないくらいですし!」


「えーそうなの? 残念。お似合いなのに」


 彼はスプーンで食事をかき込みながら話を続ける。


「スティーヴィーさんはさあ、これまでの門番長と違って真面目で誠実でね。僕あの人結構好きなんだけどさ。王宮と国民の板挟みになるポジションで、色々悩んでる感じもあってさ。肩に力入りすぎてて、部下としてはちょっと心配になるんだよね〜。気の許せる女性が近くにいれば、もうちょっと力も抜けるんじゃないかと僕は思ってるんだけど」


「女性云々は置いといて。具体的にどんなことで板挟さまれてるんですか?」


「……まあ、君もそのうちわかるよ。門番として働いてればね」


 さっきまで饒舌だったのに、この話についてはこれ以上語るつもりはないらしい。

 そのあとはまた他愛ない話に戻り、お腹が膨れてパンパンになった私は、食後早々に食堂をあとにしたのだった。


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