監視係の業務を始めて数日経てば、この仕事にもだいぶ慣れてきた。掃除や書類整理などよりはずっと楽しいし、何より褒めてもらえる。
元の世界でポンコツポンコツと連発されて、やさぐれていた頃が信じられない。何か一つでも認められれば、人間やる気は出るものなのだと学んだ。
今日は早めに門番小屋を出て、朝から営業しているカフェに立ち寄って朝食を済ませ、コーヒー片手に出勤してきちゃっていたりする。ギリギリまで寝ていたい主義の私が時間前にやってくるなど、天地がひっくり返ったかのような変化だと自分でも思う。
「お前、何やってるんだ」
門番長室で作業をしていれば、自分より前に出勤してきた私に驚いた様子のスーさんがやってきた。
「書類の整理です。今日はちょっと早めに出てきたので」
「書類の、整理……? お前が……?」
「こうすればできるって、気がついたんですよ」
私は門番長室から入って右手にある棚へ、スーさんを誘導する。王宮からの通達をまとめたファイルが収納されている場所だ。
「門番長室の棚とファイル、そしてファイル内のカテゴリわけに番号を振ってみることにしたんです。試しに1冊やってみました」
「ほう。番号か」
スーさんは両眉を上げ、珍しいものを見るかのように私を見下げる。
自分からこういう提案をするのは、日本にいた頃の仕事人生から考えてもこれが初めてだ。
「たとえば、王宮からの通達関係はこの棚の一番上段、1番列とします。そして組織変更のファイルに1番をふるとして、王宮内の人事関係は1番、官庁の人事は2番、それ以下の役人の人事関係は3番とします。スーさんが例えば、私に官庁の人事の書類を渡したとしたら、私は、棚1番1列-ファイル1-区分2の保管場所に入れれば良いと理解できます」
「……それを朝から考えてたのか」
「はい。私って数字に関わらない情報って、頭の中でとっ散らかっちゃうんです。そのうち混乱して、整理することを諦めちゃうので。苦手な仕事も、こうやって工夫すればできるようになるんじゃないかって」
それで思いついたのが図書館の資料番号だった。収納場所が明確にわかる番号での仕組みを一度考えてしまえば、整理整頓が苦手な私でもできるはず。
スーさんはファイルをパラパラとめくり、私が早速整理したファイルの中身をチェックする。
「まるで別人のような仕上がりだな……。短所を長所でカバーする。いい考え方だ。初めのうちは手間だが、付番をすることで、新人が入ってきた時も指示がしやすいかもしれないな」
いい工夫だ、と褒められれば、嬉しくてニヤニヤしてしまう。誰かに褒めてもらえることが、こんなに嬉しいとは。恥ずかしくなって熱を持った顔をファイルで半分隠せば、照れた私をみて何故かスーさんも照れていて、なんとも言えない生暖かい空気感が流れる。
その空気を打ち破るかのように、バン、と勢いよく扉が開かれる音がした。
「おはようございます! え、てあれ? もしかして僕、ものすごくいい雰囲気のところお邪魔しちゃいました?」
門番長室の入り口には一人の門番が立っている。見張り台にいる時にスーさんの傍に控えている人だ。名前は忘れたけど、下まつ毛がすごく長いので、私はマツゲと心の中で呼んでいる。
「い、いい雰囲気だなどと……! 俺は今、仕事の話をだな。……というかミゲル、こいつが女だって知ってたのか?」
信じられないという顔でスーさんがそう言う。
スーさん、ちょっとそれは、あんまりな言い草じゃないですか?
「え? 違いました? すごいいい感じの雰囲気に見えたんすけど。っていうか門番長、セイラちゃんのこと男だと思ってたんですか? ああ、だからフツーに接してたんですね。女性に耐性のない門番長が、ゴリゴリコミュニケーション取るのを見て、おかしいなあとは思ってたんですよ……」
マツゲの発言を聞いてホッとする。常人の目には、きちんと女に見えるらしい。
「スーさんて女性が苦手なんですか?」
マツゲさんにそう問えば、スーさんが私の視界の前に立つ。
「この話はやめだ! 間も無く9時になる。見張り台へ向かうぞ!」
どでかい声で話の流れをぶった斬ったスーさんは、のしのしと先頭切って扉の方へ歩いていく。私とマツゲさんは、顔を見合わせ、思わず苦笑した。
「行っちゃった。さて、僕らも行こうか、セイラちゃん」
「あ、はい……」
(確かに無骨でザ・体育会系って感じの人ではあるけど。あまりに反応が露骨だよなあ。何がきっかけで女性が苦手になったのかな)
ゴリラの生態を観察するような感覚で彼の背中を見つめつつ、私はマツゲさんとともにスーさんのあとをついて行った。