「お前の仕事は門内の清掃だ。端から端まで綺麗に磨き上げろ」
スーさんはそう言うと、私に箒と塵取りを押し付ける。
「ええ……? この広さを、一日で……」
掃除はそんなに得意じゃない。自分の部屋も汚部屋と呼んでいいものだった。
それに箒を持って掃除なんて高校ぶりじゃないだろうか。
「あとその髪の毛、なんとかならないのか。前髪に隠れて目が見えん。身なりを整えろ、身なりを」
「なんともなりません。この髪型、視界が遮れてちょうどいいので」
メイドに世話をされている間にも、「髪を切ってしまいましょう」と言われたのだが、それは断固断った。結果、清潔にはなったが、髪型自体は引きこもり時と同様、もっさりしたままだ。
「視界は遮るものじゃないだろ」
「人の表情を見るのが嫌なんです」
スーさんは、「この国のことが何もわからない」と自己申告した私のために、ざっくりと説明をしてくれた。
ここ、エデンの首都メケメケは、城を中心に発展した城下町を囲むように城壁が建てられているらしい。なんと門の数は11もあるそうで。私が配属されたここは、その中でも一番大きな門なのだそうだ。
「職業柄、門番には身元のはっきりした信頼できる人材しか配属されない。基本的には、国王や国の重鎮の親族がつく場合が多い」
「つまりスーさんもお偉いさんの親族なんですね」
「口の聞き方に気をつけろ、お前は!」
よくよく聞けば、スーさんは宰相の甥なのだそうだ。つまり、国王から直接命令を受け、国のいろんな仕事を統括する責任者の親族である。
「しかし他国出身のお前が雑用といえどなんで門番に……しかも叔父上の旧友の娘の外国人留学生って……まったく誰だか思い当たらんのだが。まあ、俺も叔父上の交友関係を全て把握しているわけではないが……」
訝しむスーさんを前に、私は首輪に手を添える。
(魔法の首輪の監視付きの身なんだから、そういう仕事にはうってつけだよね。変なことしそうになったら、首を切ればいいんだもん)
配属の理由を理解してため息をついた。これじゃあ奴隷と変わらない。
「とにかく、私の仕事は掃除ってことですね。では、行ってまいります」
それだけ言って箒を掴むと、私はスーさんに背を向けた。
クビにならない程度に働いていよう。
そう、思ったのだが。
「それのどこが掃除だ!!」
昼休みに差し掛かろうとしたところ。見回りにやってきたスーさんから頭頂部にチョップを食らった。
「痛っ! 何するんですか! ちゃんと掃いてますよ」
「お前、掃除の仕方知ってるか?」
「え」
「まずホコリを落として、窓を拭いて、それから床にうつるもんだろうが。床だけ掃いてはい終わり、じゃ、掃除の半分も終わってねえんだよ」
「でも」
「でもじゃない。しかも隅っこにゴミが残ったままだ。廊下の真ん中だけ掃いてどうする」
小姑並にうるさい。いや、ちゃんとできてない自分が悪いっちゃあ悪いのだけど。もうちょっと言い方がないものだろうか。
「すみません……」
「掃除はもういい! 次は書類の整理だ」
スーさんは私の腕を掴み、ズンズンと門番長室への階段を上がっていく。
(細かい上に乱暴すぎる……!)
一応女性なのでもうちょっと丁寧に扱って欲しい。
促されるまま書類棚の整理整頓をおおせつかったのだが。これもうまくいかなかった。
「お前……なんでそんなに使えないんだ! 説明された通りに、並び替えればいいだけだろ! 書類をファイルに入れていく作業だって、どうしてそう手間取るんだ」
「元々あまり器用な方じゃなくて。整理整頓も得意じゃなくて」
「はあ、仕事が進まん……。いったいお前は、何ならできるんだ」
頭を抱えるスーさんを前に、私も頭を抱える。
そもそも、雑用として頼まれるタイプの仕事が、全て苦手なのだ。
「何ができるのか、自分でもよくわかりません」
困り果ててそう言うと、スーさんの額には青筋が立った。
「こいつ、開き直りやがって……だいたいなあ、お前は」
「あんまり口うるさいと、女の子にモテませんよ」
自分の口からこぼれてきた言葉に、自分で驚き、両手で口を塞いだ。
しまった。ムッとしてうっかり思ったことを口にしてしまった。
「なん……だと……?」
みるみるうちにスーさんの顔が真っ赤になっていく。間抜け面でそれを見上げていると、程なく噴火した。
「余計なお世話だ! お前もう帰れ!」
門番長室からほっぽり出され、扉が勢いよく閉められる。
働き始めた初日。早速私は職場から追い出されてしまったのだった。