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終章 そして勇者は旅に出る

「とまあ、そんなわけでさ、ちゃっかり国の窮地を救ったのはいいんだけど、あらぬ罪をかけられてしばらく国外逃亡しなきゃいけなくなっちゃったんだよね」

「何言ってんのよ。誘拐は別としても、密通したのは事実なんでしょ。王女さま、もうすでに婚約者がいたのよ?」

「そうなんだよなぁ。でも、あんなの交通事故みたいなもんだよ」

「自分から当たりに行っといて、何言ってんだか」


 そう言って、シェリーは僕の胸の上で呆れたように溜息をつく。

 すべての決着がついてから、僕はすぐにシェリーのもとを訪れていた。彼女は王都内のわりといい感じの宿に宿泊していたが、もうあと数日もすればメイガスの街に帰る予定であるらしい。

 ガイレルムが言うとおり国王ルドルファスは崩御してしまったそうで、そうなるともう冒険者ギルドに出されていた依頼も意味のないものになってしまう。

 事後処理でバタバタはするだろうがそれも遠からず収束するだろうし、外部からの出向者については所属ギルドに戻ってもらっても問題ないという判断になったとのことである。


「僕がいなくなったら、寂しくなるだろ?」

「よく真顔でそういうこと訊けるわね」

「だって、僕は寂しいもの。僕が寂しいんだから、シェリーはもっと寂しいはずさ」

「勝手に決めないでよ。別にあんたがいなくたって、全然平気なんだから」


 プイッとシェリーがそっぽを向いて、僕は体を起こしながらその頬にキスをする。

 すると、今度は溜息まじりにこちらに顔を向けてきて、瞳を伏せながらクイッと顎を突き出すように顔を近づけてきた。

 何処までいってもツンツンしていて滅多にデレないシェリーだが、彼女の本心が何処にあるかくらい、僕はいつだって分かっている。


「平気だなんて、ホントかなぁ?」

「本当よ。もう、焦らさないでサッサとして」


 急かしてくるシェリーの唇に、僕は触れるだけの優しいキスをする。

 しかし、どうやらその程度では不満だったらしいシェリーは半目だけ開けると、そのまま両手で僕の顔を掴みながら無理やり深く唇を重ねてきた。

 シェリーとこうして肌を重ねるのは少し久々な感じもするが、やはりこの一筋縄ではいかない感じに実家のような安心感がある。

 こんな彼女でも僕に抱かれている最中だけは本当に可愛くて、思えば僕がギャップに弱い理由もそのあたりにあったりするのかもしれない。


「次は何処に行くつもりなの?」


 たっぷりと僕の口の中に唾液を注ぎ込んでから、シェリーが訊いてきた。


「んー、とりあえずご飯のおいしいところがいいなってことで、西のルビス=ノレスにでも行ってみようかって話になってるよ」

「ふーん。落ち着く場所が決まったらメイガスのギルド宛に連絡しなさいよ」

「そりゃもちろんするけど、なんで?」

「なんでって、そりゃ……」


 シェリーは何故か少し顔を赤らめると、僕の胸許で口をモゴモゴとさせながら言った。


「異動願い出すからに決まってんでしょ。いちいち言わせないでよ」


     ※


「わたしもしばらくよその国でゆっくりしようかしら」


 僕の上で腰を揺らしながら、世間話をするような感じでミュリエルが言った。


「なんでまた? 仕事環境は悪くないんでしょ?」


 今日は自分がしたいから動くなと言われているので、下から彼女の肢体をのんびりと眺めつつ僕が訊く。


「ちょっと王室まわりがね。ほら、けっきょく国王さまが崩御されちゃって、王太子さまがその継ぐ流れになっちゃったでしょ?」


 じっくりと味わうように体を揺すりながら、ミュリエルが応じる。

 国王ルドルファスの崩御は瞬く間に王都中に広まったが、国民への衝撃がどの程度のものなのかは分からない。

 ただ、ガイレルムが貴族家と繋がってた以上、少なくとも貴族院の面々からすれば国王の崩御もその後目を王太子が継ぐこともある程度は想定内だったろうと思う。

 もっとも、すでに肝心要のガイレルムが死亡してしまっているわけで、そういった連中がこの先どうするつもりなのかまでは皆目見当がつかなかった。


「おそらくは王妃さまが摂政になる流れだろうし、これから先はヴァレリ公爵家が実質的に政務の中枢を担うことになるんだと思うけど、ヴァレリ公って実利主義だから学者を蔑ろにしがちなのよねぇ。たぶん、研究所の予算も削られちゃうと思うのよ」

「あー、これから環境が悪くなるかもってこと?」

「そ。研究所なんて国からお金がもらえきゃ何もできないんだから、身動き取れなくなる前に身の振りかた考えておかなくちゃと思って」


 言いながら、ミュリエルがその身をピクッピクッと小刻みに震わせ、脱力したように僕の上にしなだれかかってきた。

 まるで道具扱いされてるみたいだが、これはこれで悪くないかもしれない。


「何か決まったら、冒険者ギルドあてに電報でも送っておいてよ」

「もし再就職先が決まらなかったら、あなたのところに転がり込んじゃおうかしら」


 汗で額に張りついた前髪を掻き上げながら、ミュリエルが首を伸ばしてキスをしてくる。

 そのまましばし互いの唾液を味わい合い、たっぷりと余韻に浸ってから僕が言う。


「うるさいのがいっぱいいるけど、それでよければね」

「うーん、やっぱりまずは、就職先を探そうかしらねぇ……」


    ※


 出立の日は天気にも恵まれ、僕たちは王都から西の関所を目指して歩きはじめた。

 相変わらず馬は利用できないし、ファリンの背中は多くても二人が限界だし、レザリアの背中には乗りたくないから今回は徒歩の旅である。

 いちおうファリンの背中に僕とアリスが乗って、ドラゴンになったレザリアがそのあとを空から追いかけるのはどうかという提案もしたが、それはレザリアに却下された。

 曰く「なんか寂しいからイヤ」ということらしい。女の子は難しい。


「ていうか、なんでお姫サマがついてきてるの?」


 今回の旅のメンバーは、四人。ファリン、アリス、レザリア、僕だ。

 もちろん、僕はアリスがついてくる理由について、いちおう話は聞かされている。


「あ、その……わたし、王室を追放されたの」

「追放!? でも、なんで?」

「えと、それは……」


 ズケズケと訊いてくるレザリアに、アリスがやや困惑ぎみに応じる。


「あの、わたし、婚約者がいたのよ。亡き叔父上が勝手に決めた縁組なんだけど、貴族院のヴァレリ公爵家ゆかりの人で、まあ、いわゆる政略結婚ってやつよね。でも、わたし、なんていうか、その、エドワルドとすでに関係を持ってるわけじゃない……?」

「それ、言っちゃったの?」

「だって、本当なら喪に服さなきゃいけないはずのに、このタイミングで縁談を進めようとするのよ? おそらくヴァレリ公爵家の地位を早めに固めておきたいって王妃の意向あってのことでしょうけど……」


 アリスの顔が徐々に朱に染まっていくが、レザリアは気にせず矢継ぎ早に質問を重ねる。


「でも、そんなの言ったら、下手したら拘禁される可能性だってあったんじゃない?」

「おそらくだけど、王家の血筋を排斥してしまいたかったのではないかしら。わたしがいなくなれば、ジェノア=レリンに直系の血筋はいなくなるわ。もちろん、分家筋はいくらでもいるけど、今はヴァレリ公爵家のほうが圧倒的に権力を持ってるし、それに、ルーファウス王太子も表向きは叔父上の子ということになってるから……」


 要するに、王室も貴族院もヴァレリ公爵家とやらがほとんど牛耳っていて、その中で王家直径の血筋であるアリスの存在は、たとえ王位継承権がなくても目障りだったということだろう。

 ヴァレリ公爵家に不満を持つ者が増えれば、場合によっては分家筋の人間によってアリスが担ぎ上げられてしまうことだって考えられる。

 ただ、そういったことを鑑みた上でも、僕には少し疑問の残る点があった。


「イヴリースは、それでよかったのかな。何かにつけて、王家の再興を志していたみたいなことを言って気がするんだけど」

「それは……」


 アリスが何故かますます顔を赤らめて、それから横目で僕の顔を窺うように言った。


「あ、その……と、とにかく、わたしを連れて行って欲しいのよ。わたし、これからもエドワルドと一緒にいたい。今はそれだけでいいの。イヴリースも、きっと今すぐに結果を求めているわけではないと思うし……」

「ふーん……?」


 明らかに誤魔化されている気もするが、まあ、アリスがそういうなら言及はすまい。

 それよりも僕が気になりだしたのは、左右を固める従魔の二人だ。


「なんか、やな感じ」

「ぬ。分かるか。こやつ、絶対腹に何か抱えておるぞ」


 レザリアとファリンが、それぞれ半眼になってアリスを睨みつけていた。


「ほ、本心よ! わたし、あなたたととも一緒にいたいと思ってるんだから!」

「どうだか」

「わたしは別に貴様と一緒にいたいとは思わぬ」

「もう! 何でそんなこと言うのよ!」


 にべもない二人の従魔に、いよいよアリスが憤慨する。

 ただ、それは何処からどう見てもただのじゃれ合いにしか見えず、この先もずっとこんな感じで旅が続いていくのだろうことを、僕はその瞬間からすでに悟りつつあった。


     ※


 静寂に包まれた森の家では、暖炉で薪の爆ぜる音だけがパチパチと響いている。

 暖炉の前は二脚のロッキングチェアがあって、二人の女性がそこに腰かけていた。


「はあ、これですべておしまいですか。勇者さまともっと触れ合いたかったのですが」

「心配することはありませんよ、シキル。賢者の石は無事に回収できましたが、終わったのはこの件に関してのみです。我が王の長い旅路は、まだはじまったばかりにすぎません」


 黒髪の女性はそう言って笑う。その目は何処か遠くを見ているようだ。


「そうなんですか?」

「ええ。これからジェノア=レリン王国は急速に衰退していくことでしょう。ヴァレリ公爵家は王室と貴族院を掌握しましたが、アリスフェルン王女を放逐したことで分家筋の諸侯たちに結束する理由を与えてしまいました。いずれヴァレリ公爵家ゆかりの者から内通者が現れてルーファウス王太子が不義の子であることが伝わり、王位剥奪とともにヴァレリ公爵家は失脚します。もっとも、これはまだ少し先の話になりますが」

「ふむふむ。となると、お師匠さまとしては、いったん王国が衰退してしまうのは仕方ないというお考えですか?」

「はい。貴族院が力を持っている現状では、仮にアリスフェルン王女が何をしたところで焼石に水でしょう。それよりも殿下には外で見聞を広めていただき、より多くの出会いを通じて各国との繋がりを作っていくことのほうが重要です」

「なるほど。ですが、それでは勇者さまはどうなるのですか?」

「ふふっ……気になりますか?」

「はい!」


 黒髪の女性はニッコリと笑って言った。


「我らが王エドワルドは、必ずまたジェノア=レリンに帰ってきます。そして、その力はやがてこの国だけに収まりきらず、世界そのものに新たな変革をもたらすことでしょう。もちろん、未来は常に揺らぐもの。神の気まぐれによっては、まったく異なる未来となる可能性もありますが……」


     ※


「びえくしゅ!」

「ぬ……大丈夫か?」

「うん。ちょっと冷えたかな……」


 夕刻、僕とファリンは野営地のほど近くにあった水場に水を汲みにきていた。

 といっても、僕たち二人が水を汲むだけで素直に終わるはずもなく、今しがた水場の近くにあった木陰で愛を囁き合っていたところである。

 野営地に戻れば絶対に帰りが遅かったことについて咎められるだろうし、何かよい言い訳を今から考えておく必要があるかもしれない。


「何だか遠くまできたものだな」


 木の幹に背中を預ける僕の胸にもたれかかりながら、ファリンが言った。


「ほんとにね。最初は呪いを解くぞってだけのはずだったのに」

「うむ」


 僕の言葉に頷いて、それからファリンは顎の下から僕の顔を見上げてくる。


「だが、すべての呪が解けたわけではない。解けた呪いもあるが、解けない呪いもある」

「なにそれ?」


 僕が訊くと、ファリンはニヤリと笑って、その場でモゾモゾと僕のほうに体の向きを変えると、背中のほうに腕をまわしてギュッと体を押しつけてきた。


「言ったであろう。わたしは呪いだ。何があっても一生涯おまえについて離れぬそれはそれは恐ろしき呪いだ」

「こんなに可愛い呪いなら大歓迎だけどね」


 言いながら僕がその小さな額にキスをすると、ファリンの瞳が一瞬で蕩けてくる。


「ご主人さまぁ……」


 それから僕たちは改めてキスをして、お互いの口のまわりがドロドロになるくらい唾液の好感に夢中になった。

 どうせ今すぐ戻っても少し遅れて戻っても文句を言われることには変わりないだろうし、こうなったらもうちょっとここでのんびりしていくか。


「まったく。腹立たしいことだ。わたしは予言しよう。これから先、ご主人さまはどんどん呪われていく。きっと次の訪れる地でも、そのまた次に訪れる地でもだ」


 流れでもう一戦交えたあと、何故か少し怒った調子でファリンが言った。感情の起伏が激しい犬である。


「ファリンはいつの間にか予言もできるようになったんだ?」


 僕が訊くと、ファリンは自信満々に頷いて見せる。


「そうだ。きっと当たるぞ。だが、ゆめゆめ忘れぬことだ。おまえがどれだけたくさんの呪いに苛まれようと、その中でもっとも強い呪いはわたしだ」

「それは死の呪いより強いのかい?」

「当たり前だ! 死の呪いは死ねばそれで終わりだろうが、わたしは死してもおまえとともにあるぞ! もはや一人で死ねるなどとは思わぬことだ!」


 なるほど、それは大変だ。

 いろいろと呪われまくったここ数日間ではあったが、改めて思い返してみると、確かに彼女こそが僕にかけられた最も強い呪いなのかもしれない。

 迷いもなければ覚悟もすごい。そして、どれだけ敵が増えても物怖じすらしない。

 これだけ一直線な呪いなら、きっと死すら簡単に超越してみせるのだろう。


「はぁ、ご主人さま……好き、大好き……」


 自分で言ってて感極まってきたのか、ファリンがのぼせたように呟きながら何度も何度もキスをしてくる。

 この状態になったらとめられないし、野営地に戻るまではまだ少しかかりそうだ。


「あーっ! ほら、やっぱりこういうことになってる!」

「まあ、二人で行かせればそうなるわよね……」


 ——と、少し離れたところから、レザリアとアリスの声が聞こえてきた。

 しまった、言い訳どころか、現場をおさえられてしまったぞ。


「ん、ん、んんんっ……ご主人さまぁ……」


 気づいているのか気づいていないのか、ファリンにとまる様子は見えない。

 やはりこれは間違いなく呪いであって、この先も僕の身に何度となく災禍をもたらしてくることだろう。

 問題なのはそれが楽しいから楽しくないかであって、幸いにも僕はこんな状況ですら心の何処かでは楽しんでいる。


「もう! センパイ、終わったら次はボクだからね!」

「あら、待たずに一緒に混ざっちゃえばいいじゃない」

「えっ!? ぼ、ボクはまだそういうのはちょっと……」

「慣れたら楽しいわよ? ほら、あなたも服を脱いで」

「ま、待ってよ! お姫サマ、ちょっとタンマ!」

「ご主人さま、早く、早くぅ……」


 ファリンはもとより、アリスもレザリアも、いつの間にか準備万端といった様子だった。

 よーし、こうなったら全員まとめて相手してやる! 覚悟しろよ!


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