やべえ。何だか壮大な話になっていることだけは分かるが、さっぱり理解できぬ。
ファリンもたぶん理解できていないだろうし、レザリアは頭がよさそうだからもしこの場にいたら掻い摘んで説明してくれそうだが、あいにくと今は不在だった。
あとでイヴリース「あのとき話していたことについてですが……」みたいな感じで話を振られても、絶対に答えられない自信がある。
「あなたも『賢者の石』の力を正しく理解していれば、このような結末は避けられていたかもしれませんね」
「く、くだらぬ……」
よく分からないが、ひとまずガイレルムは焦燥感に駆られているようだった。
「《神の加護》がなんだ! 因果律がなんだというのだ! 何があろうと、我が力の前にはすべて児戯に等しきこと……そうだ! ああ、そうだとも! 私は『賢者の石』の力を手に入れた! この力は素晴らしいぞ! まさに神の力だ! 自らの望むままに広大な異空間を生み出すこともできれば、自らの望むままに魔物を喚び出し使役することもできる! まるで私自身がダンジョンコアであるかのようになぁ!」
——そうか。この男に感じてた違和感は、まさにそれだ。ガイレルム自身がコアのようではないかという感覚は、ずっと前から感じていた。
イヴリースがその瞳を細め、じっとガイレルムの顔を見据える。
「本来であれば、呪いで人の命を奪うことはできません。何故なら、それは因果律の流れを歪めることだからです。それが可能となったのは、おそらくあなたが因果律の一部になっているからでしょう。ガイル、『賢者の石』をその体内に取り込みましたね」
「……やはり、おまえは殺しておくべきだったな、イヴリース」
ガイレルムがローブの胸許を引き裂き、自身の胸部をあらわにした。
そこには赤黒い拳大の結晶のようなものが埋め込まれており、仄暗い燐光を放っている。
これが『賢者の石』――この化け物じみた力も、すべてこの石ころのせいだったのか。
「御託はもう聞き飽きた。この場で全員、死ぬがいい!」
そう言ってガイレルムが腕を振り上げると、それまで大人しくしていた魔物の群れがいっせいに僕たちに向かって襲いかかってくる。
なるほど、いよいよ最終局面か。コイツらを返り討ちにするのは簡単だが、その前に僕にはイヴリースに確認しておかなければならないことがあった。
「イヴリース、アリスは……」
「はい。シキルによって異空間に隔離してもらっています。今の彼女はガイレルムと繋がりを断たれていると判断してもらってかまいません」
「じゃあ、そっちの問題はないわけだ。でも……」
「わたしに気を遣ってくれているのですか?」
「どちらのパターンも考えてる。殺さないほうがいいのか、それとも君の手で蹴りをつけたいのか」
「わたしとしては、手前勝手なお願いになりますが、あなたに引導を渡していただきたいと思っています」
「自分で手にかけるのは、やっぱり辛い?」
「いいえ。そうではありません」
イヴリースはニィッと不気味な笑みを浮かべた。
「国家転覆を企てる大悪党は勇者によって退治され、そして、国と王女さまを救った勇者は新たな王としてこの国を繁栄に導くのです」
「ええ……!?」
「未来はあなたに託されました。さあ、蹴りをつけてください。我が王、エドワルドよ」
おいおい、マジで言ってんのかよ。
「エド! いつまでダラダラとくっちゃべっているのだ! この数はさすがにわたし一人ではどうにもならんぞ!」
「分かってるよ!」
言われるまでもなく、敵勢がもう眼前まで迫ってきていることは分かっていた。
デカブツはキマイラくらいだが、亜人系の魔物の数がやけに多い。
もっとも、コイツらをいくら相手にしても無意味なことは分かっていた。ダンジョンと同じ理屈なら、雑魚をいくら倒してもまたわいてくるだけだ。
狙うはコアのみ。そして、もうコアの破壊を妨げる理由も僕にはない。
僕はフェンリルの剣を握りしめると、眼前の敵の群れに向かって床を強く蹴り出す。
「ガイレルム、大人しくサッサと僕の呪いを解いてくれてれば、ひょっとしたら生きながらえる道もあったかもしれないのにな!」
「愚かな! この期に及んでまだ勝てるつもりでいるのか!?」
「それはこっちの台詞だ! 僕は無傷でも、おまえがアリスにしたことは忘れてないぞ!」
双頭で噛みついてこようとするキマイラを一刀のもとに斬り伏せ、飛びかかってくる魔物たちの合間をくぐり抜けて、一気にガイレルムの懐まで駆け抜ける。
「ば、馬鹿なっ!」
「相手が悪かったな! あの世で国王さまにごめんなさいしてきな!」
一閃、まずはその首を刎ね、返す刀でもう一閃、今度はその胴体を薙ぐ。
そのまま首のない上半身に腕を伸ばして胸許に埋め込まれた赤黒い結晶体を掴むと、力任せに思いきり引き抜いた。
「そん……な……」
その声が発せられたのは、首の奥からか飛んでいった顔からなのか。
瞬間、不思議なことに、まるで魔物のようにガイレルムの体が灰燼へと変化していき、それとともにまわりに溢れていた魔物たちの体もその場で崩壊をはじめた。
これがもしダンジョンであったなら、仮にコアが破壊されたとしても魔物までもが消えることはないのだが、そのあたりは勝手が違ったりするのだろうか。
「所詮、『賢者の石』は人の作りしもの。神の創りしシステムであるダンジョンコアとは比べるべくもありません」
僕の手のなかで未だ仄暗い燐光を放っている結晶を見つめながら、イヴリースが言う。
そう言われてふと気づいたが、この『賢者の石』とかいう結晶体は色合いこそ違うもののコアと同じ正十二面体で、形状に限って言えばほとんど同じもののように見えた。
「見つけたらいつも壊してるけど、コアって実はすごいものだったりする?」
「時に周囲の構造物を変化させ、一度顕現すれば無尽蔵に魔物を実体化させ続ける力を持つ結晶体ですから。もともとは『賢者の石』もダンジョンコアを人の手で再現するために作られた産物であるとのことです」
そうなのか。まあ、どのみち僕にとってはあまり関係のない話だろう。
「マスター! 終わったんだね!」
聖堂の入口のほうから、レザリアの声が響いてきた。
ガイレルムの消滅によって、外にいたガーゴイルたちも消え去ったのだろう。
「いやあ、もっとサクッと終わると思ったんだけどね。アイツら、マジで無限にわいてくるんだもん。途中で諦めて帰ろうかと思ったくらいだよ」
レザリアがこちらのほうに駆け寄ってきながら肩をすくめ、疲れたようにぼやく。
諦めるのは別にかまわないけど、帰るとしていったい何処に帰るつもりだのか。
「終わったんだな」
ファリンもそばに駆け寄ってきて、僕の脇腹のあたりをポスンと小突きながら言った。
「ああ、やっと終わった」
僕は自分の胸許を見下ろしながら答える。
服の上からでは分からないが、これで僕にかけられた呪いも消えているはずで、ようやくすべての呪いから解放された綺麗な体になれたというわけだ。
「何だか、長かったようなあっという間だったような感じだね」
「これでしばらくは落ち着いた暮らしができるな。またあの屋敷に戻って、うまい料理とうまい酒をたくさん馳走になるとしよう」
「なになに? 何の話?」
「いいね。しばらくは王都でのんびりするのもよさそう」
「さて、それはどうでしょうか」
暢気にこれからのことを話す僕たちに、水を差すようにイヴリースが言った。
その顔には何故かびっくりするくらい満面の笑みが浮かんでいて、僕は思わず背筋に冷たいものが走るのを感じる。
「えーと……何か問題でも?」
嫌な予感しかしない中で僕が訊くと、イヴリースはやはり満面の笑みで答えた。
「あなたには、王女誘拐の罪に加えて、王女と密通した罪がかけられます。当面、この国に滞在することはできないでしょう。お別れをしておかなければならない相手がいるのであれば、早めに済ませておくことを推奨します」