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第四一章 神の与えし加護

 何処からともなく木製の扉だけが出現し、何処かで聞いた声とともにその扉が開いた。

 イヴリースだ。シキルの姿も見える。

 シキルは扉から出てくると、すぐにアリスのもとへと駆け寄って行った。


「アリスフェルン王女、よくぞここまでご辛抱なさいました。あとは皆さんに任せて、どうぞこちらでお休みください」


 そう言ってファリンから預かり受けるような形でアリスの体を抱きかかえると、そのまま連れ立って再び扉の奥へと戻っていく。

 そして、入れ代わるようにイヴリースがこちら側に出てくると、その背後でゆっくりと扉が閉まると同時に扉自体が消えてしまった。

 呆気に取られているうちにアリスが連れて行かれてしまったが、大丈夫なのだろうか。


「ご安心ください。あとはシキルに任せておけば問題ありません」


 僕の心を読んだかのように、イヴリースが言う。

 まあ、それならそれで任せておくか。呪いに関しては僕よりもイヴリースやシキルのほうがよほど詳しいだろうし……。


「イヴリース……」


 ガイレルムが苦々しそうな表情でイヴリースを睨んでいる。


「お久しぶりですね、ガイル。以前のように、イヴと呼んでくれてもけっこうですよ」

「変わらぬな、おまえは。どうしてわざわざここに顔を見せた。そこな男を傀儡に、高みの見物を決めていたのではないのか」

「いいえ、そのようなことはありません。わたしはずっと機を窺っていただけです」

「では、今がそのときだと?」

「はい。随分と力を消費しているようですね。すでに外の結界は完全に崩壊し、あなたがこの城に生み出した異空間にも綻びが生まれつつあります。この地に彼ら以外の冒険者が現れるのも時間の問題でしょう」

「なに……?」


 淡々と告げるイヴリースの言葉に、ガイレルムの表情がさらに歪む。


「あなたは自分に無限の力があると思っているようですが、残念ながらそのようなことはありません。人一人に持てる力は限られています。ですから、知恵ある我らの祖先は誰か一人にその力を集めるのではなく、より多くの者に力を分け与える方法を選んだのです」


 一方、イヴリースは眉一つ動かさずに続けた。


「それが『神託』です。あなたはそんな当たり前に気づかず、力に溺れてしまった悲しき虜囚。できることならば、わたしの手でとめてあげたかったのですが」

「馬鹿な……!」


 ガイレルムの顔に、明らかな動揺が生じる。

 何の話をしているのかはさっぱり分からないが、外の結界というのは僕が叩き切ったあの見えない壁のことだろうし、異空間というのが昨日探索したあの敷地面積を明らかに超越した一階部分に広がる迷宮だということくらいは分かる。

 しかし、もしそれらすべてがガイレルム一人の力によって維持しているのだとしたら、それはもう明らかに人間を超越しているのではなかろうか。僕だって絶倫で最強な勇者であるという自負はあるが、いくらなんでもスケールが違いすぎる。


「ガイル。あなたがただ力を求めるだけであったのならば、こうしてわたしが再びあなたの前に現れることはなかったでしょう。袂を分かったのは考えの相違によるものと、素直にそう受け入れることもできたと思います。ただ、あなたは見過ごすことのできない二つの罪を犯しました」


 イヴリースは感情をまったく感じさせない冷たい瞳でガイレルムを見据えている。

 もともと感情表現の薄いほうだとは思っていたが、ここまで冷酷な目つきをしている彼女は初めて見る気がした。

 ガイレルムが言葉もなく見つめ返す中、イヴリースは静かに続ける。


「一つ目の罪は、王家の者を手にかけたことです。ルドルファスは確かに王家を継ぐ器ではありませんでしたが、間違いなく正当な王位継承者でした。それを手にかけた以上、あなたはこの国に害をなす存在に他なりません」

「知れたことを。能なき愚昧が国の長たることこそが大いなる罪よ。私はそれを正常化させたにすぎぬ」

「詭弁はやめなさい。あなたにとって、どのみち国のことなどどうでもよいことでしょう」


 ガイレルムの言葉にはとりあわず、イヴリースが告げる。


「二つめの罪は、王家の秘宝『賢者の石』を私的に利用したことです。あなたが貴族院に取り入り、王家を滅ぼしてまで国の中枢に入りたかったのは、『賢者の石』の力に魅せられたからでしょう。ですが、所詮は賢者の石も人が作りしもの。あなたが思うほど万能な力ではありません」

「……ククッ、すべては最初からお見通しというわけか」

「はい。見えていました」


 自嘲か、あるいは嘲笑か、ガイレルムの口に薄く笑みが浮かぶ。

 対するイヴリースの顔には、そこで初めてある種の悲しみのような色が滲んでいた。


「ずっと、見えていました。あなたがこの国の玉座に座り、己が欲望のかぎりに力を求め続け、やがてこの国を滅ぼしていく様を、ずっと夢に見続けていました。わたしにはもうどうすることもできない。何処で間違えてしまったのだろう。そんな無力さに打ちひしがれる日々でした。わたしがあなたの力を見出しさえしなければ、このような未来を迎えることも防げたのではないかと」

「……なに?」


 予言じみたイヴリースの言葉に、ガイレルムの表情が変わる。

 『予言の魔女』の異名を持つ彼女が見たというのなら、それもまた一つの未来だったのかもしれない。

 イヴリースが静かに呼吸をし、その顔をゆっくりとこちらに向ける。


「一筋の光が見えたのは、今から十八年前のことです。アリスフェルン王女がこの世に生を受け、それとともに見えていた光景が変わりました。その日からずっとわたしの夢の中で光を照らし続けてきた希望が我が王、エドワルド。あなたです」

「何の話をしている……?」


 ガイレルムは話の内容が理解できていないようで、訝しげに眉を潜めていた。

 一方、急に名前を呼ばれてギョッとする僕だが、イヴリースはそんな僕を気にした様子もなく再びガイレルムのほうにその顔を向ける。


「終わりです、ガイル。もはや命運は決しました」

「世迷言を……!」

「あなたは力に溺れるあまり、力の本質に目を向けられていません。『賢者の石』が生み出す『神託』とはこの世界の構造そのものを読み解くための情報集積体であり、同時に我々が望むままにそれを書き換えるための演算装置。そこには『神託』というシステムそのものが構築された瞬間から崩壊するまでの、すべての記録が内包されています」

「馬鹿な……であれば、未来はすでに決まっていると言うのか?」

「いいえ。未来は揺らぐものです。であるからこそ、あなたの望みは叶わない」

「何だと……!?」

「『神託』によって作られた因果律の流れを乱す者は、《神の加護》を授かりし因果律の外よりきたる者。『神託』が我々人類の作ったシステムだとすれば、この世界にダンジョンや魔物が生まれることや人が《神の加護》を得ることは神が創り出したシステムです。分かりますか? 『神託』というシステムに依らずとも、《神の加護》を得る者は今なお存在し続けているのです。彼らはときに『神託』による因果律を乱し、定められていた未来にすら変革をもたらしてしまう。人が作りし因果など、神の前では何の意味も為さぬのですから」


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