目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三七章 強襲

「レジ―、見えるか。二階にあるあの建物だ」

「あの聖堂っぽいやつ?」


 レザリアの背中に必死にしがみつく僕の背中に顎を乗せながら、ファリンが言う。

 顔を上げて前方を見やると、確かに城の二階部分に少しまわりと趣向の異なる建造物が建てられているようだ。全体的に朽ちてはいるが、丸みを帯びた独特な形状の屋根と壁面にはめ込まれたステンドグラスは確かに聖堂のように見えなくもない。


「城砦であることを考えると、玉座の間があるとは考えにくいし、本当に聖堂なのかもしれないわね」

「聖堂こそ城砦なんて不要じゃない?」

「そんなことはないわ。死地に赴く危険性がある場所だからこそ、祈りが必要になることもあるのよ」

「ふーん……人間って面倒くさい生きものだね」


 何やらアリスとレザリアが高尚な会話をしているような気がする。

 確かに僕も神に祈りたくなることはあるし、何だったら今がまさにそのときなわけで、こういった軍事的要所に敢えて聖堂を設えるということは、実はわりと理にかなったことなのかもしれない。


「よし、それじゃ、決戦の舞台へ!」


 レザリアが高らかに告げ、その瞬間、急降下でもするように一気に聖堂らしき建造物に向けて飛翔しはじめる。

 あまりにも唐突に襲いくる慣性の重圧と浮遊感に僕の頭は一瞬で恐慌状態に陥ったが、それでも男としての意地で悲鳴を上げることだけはなんとか我慢した。

 だというのに、ほどなくして今度はレザリアが空中で急停止し、強烈な前方への慣性で前につんのめりそうになってしまったことで、いよいよ僕は堪えきれずにしっかりと悲鳴を上げてしまう。


「エド、大丈夫だ! わたしがしっかり抱きしめている!」

「でも、怖いなら我慢しないで。別に泣いてもカッコ悪いと思ったりなんてしないから」


 ファリンとアリスのフォローが心にグサグサとくる。

 な、泣いてなんかないもん!


「ご、ごめん! でも、なんかおかしい! 見えない壁がある!」


 一方、こちらはその場で羽ばたきながら、困惑したようにレザリアが告げる。

 まさかとは思うが、空からの侵入を警戒したガイレルムがあらかじめ障壁のようなものでも張っていたのだろうか。


「見よ! 聖堂から何か出てくるぞ!」


 次いでファリンが声を上げ、なんとか顔を上げて前方を見やると、聖堂のステンドグラスを破りながら、翼を生やした悪魔のような魔物が次々に飛び出してくる様が窺えた。

 あれはおそらくガーゴイルだろう。しかし、明らかに僕たちの存在を感知して飛び出してきたかのように見えるが、従魔というにはあまりにその数が多すぎる。ガイレルムは魔物を意のままに操る能力でも持っているというのだろうか。


「どうしよう!? いったん引く!?」


 レザリアが首をもたげながら訊いてくる。

 ガーゴイルごときが何匹こようがおそらくレザリアの敵ではないだろうが、このまま目標である聖堂に入れないのであればここのいる意味もない。

 しかし、ここまで怖い思いをした上に恥までかかされたのに、おめおめと逃げ帰るなんて絶対に嫌だった。ガイレルムには、僕が味わった心の痛みを倍以上にして叩き返してやらないと気がすまない。


「僕を聖堂に向けて投げ飛ばしてくれないかな」


 ほとんど破れかぶれな思いで、僕が言った。


「……は? 投げ飛ばすって、その、ボクが投げるってこと?」


 レザリアが驚きに声を上ずらせながら訊き返してくる。


「そう。なんとか頑張って前足のほうまで降りるから、掴んで投げてほしい」

「そんなことして、どうするのさ!?」

「障壁をぶった切って、そのまま聖堂に突撃する」

「ば、バカなの!? そんなこと、できるわけないじゃん! ドラゴンであるボクですら侵入を阻まれる壁なんだよ!?」

「できる!」


 僕は叫んだ。

 ドラゴンが侵入を阻まれる障壁だから、何だというのだ。僕にはすでにドラゴンの尻尾すらたやすく斬り落とすフェンリルの剣があって、おまけにレベルもすっかり戻った上に絶倫でもある最強の勇者なのだ。

 たかだかちょっと力のある術師がつくった障壁ごときで、今さら僕の進む道を阻めるだなんて思わないでほしい。そうでなくとも、僕はもういろいろと限界なのだ。


「……よし、エド、わたしも協力しよう!」


 僕の背中で、ファリンも勇ましく声を上げた。

 ギュッと僕の体を強く抱きしめ、それから片方の手で前方を指す。


「わざわざ危険を冒してレジーに投げられる必要はない。わたしが道を作る!」


 ファリンがそう叫んだ瞬間、前方にかけて氷でできた道が生み出される。

 大人が乗っても余裕で渡っていけそうな、真っ直ぐに伸びた氷の橋だ。一定の距離でプツリと断裂しているが、それはそこが障壁の存在する場所であることも暗示していた。


「行け、エド! 我が盟主、勇者エドワルドにやってやれぬことはないはずだ!」

「これ、滑って落ちたりしないかな……?」

「エ、エドワルド……」

「落ちたら拾ってあげるよ、マスター……」


 アリスとレザリアに苦笑されてしまった。

 だ、だって、氷の道もそれはそれで怖いじゃん。


「バカもの! 早く行け! 空中に維持し続けるのは意外と疲れるんだぞ!」

「わ、分かったよ」


 僕は恐る恐るレザリアの背中の上で立ち上がり、そのままファリンの生み出した氷の橋へと脚をかける。

 足を下ろした瞬間に足裏が凍りついたような感覚がして、滑るというよりは逆に張りついていくような感覚があった。これなら少なくとも何かの弾みに滑り落ちるという心配はなさそうだ。


「急いで! 魔物がくるよ!」


 レザリアが急かしてくる。大見得を切った手前、ここで情けない姿は見せられない。

 僕はいよいよ覚悟を決めると、そのまま氷の橋を蹴って一気に障壁の存在するであろう場所まで肉薄し、そのまま腰から剣を抜いて一刀のもとに斬り伏せた。

 確かな手応えがあり、何かが虹色の燐光を放ちながら砕け散って行くのが見える。その瞬間、僕の体が何かに掴まれ、また勢いよく空中を飛翔していく。


「ぬえええっ!?」

「すごいよ、マスター! 本当に障壁を斬っちゃうなんて!」


 どうやらレザリアの前足に掴まれているらしい。そのまま飛翔してガーゴイルの群れの中を一気に翔け抜けると、あっという間に聖堂の入口付近まで肉薄する。


「……なんだコレ!?」


 ――と、そこでまたレザリアの動きが鈍り、今度はいきなり二階の屋上部分に不時着したかと思うと、その体が炎の渦に包まれてあっという間に人の姿へと戻ってしまった。

 退避する間もなく炎の渦に巻き込まれた僕たちは衝撃でその場に投げ出されるが、なんとかすぐに体勢をたてなおして荒い息を吐くレザリアのもとに戻る。


「ど、どうしたの、レジ―?」


 心配そうに駆け寄るアリスの肩を借りながら立ち上がったレザリアは、まるで頭痛でも堪えるかのように顔を顰めていた。


「わ、分かんない。急に頭の中に何かが入ってきたような感じがして、ヤバいと思って反射的に人化したんだ。今は大丈夫。でも、あのままの姿だったら、ひょっとしたらマスターを握りつぶしてたかもしれない」


 なんと。さすがにそれは穏やかではないな。


「……奇妙な匂いがするな。まるでここにもコアがあるかのような……」


 ファリンが鼻をスンスンとさせながら周囲に視線をめぐらせている。


「コアには魔物を縛る力がある……ひょっとして、今のボクらは人化してるからその影響を受けていないだけで、元の姿に戻ったらコアの支配を受けてしまうのかな」

「自分を生み出したコアでもないのにか?」

「それは……でも、ボクの頭に入ってきたあの感じは、まるでかつてコアの支配を受けていたときのような……」


 ファリンとレザリアが、何やら実に魔物らしい話をしている。

 あまり内容は理解できていないが、少なくともこの場で二人を本来の魔物の姿に戻らせるのは少しリスクを伴うのかもしれない。


「ガーゴイルがくるわ……!」


 アリスが空を見上げながら言う。

 やはりガーゴイルたちは僕たちに狙いを定めているようで、こちらが相手をしないかぎりその追跡をとめるつもりもないらしい。


「アイツら程度ならボクだけでもどうにかなる。みんなは聖堂に向かって!」

「で、でも……」

「空を飛ぶ相手に飛び道具のないお姫サマやマスターじゃうまく戦えないでしょ。センパイは邪魔になるだけだしね」

「ふん! 今回だけはその減らず口を許してやる!」


 レザリアの軽口にファリンが吼えるが、さすがに今がいがみ合っているタイミングでないことくらいは理解できているらしい。あるいは、これもある種の絆の形なのか。


「ありがとう、レザリア。危なくなったら、すぐに退避するんだよ」


 僕が言うと、レザリアは少しだけ驚いた顔をして、それから何故かポッと頬を赤らめた。


「マスターが心配してくれるなら、ちょっとくらいピンチになっとこうかな……」


 あれ!? そんな可愛いこと言うんだ!?


「冗談だよ。言っとくけど、人化してるからってボクが最強であることに変わりはないんだからね。ボクの手がないからって、大本命を相手に苦戦しても知らないよ?」


 一転、ニィッと得意げに口の端を歪めながらレザリアが言う。いいね、それでこそだ。


「どっちが先に片づくか、勝負といこうじゃないか」

「いいね。どうせすぐに決着がつくんだし、何してもらうか早めに決めておかなくちゃ」


 互いに軽口を叩き合い、挑発めいた笑みを交わし合う。そして、レザリアがくるりとこちらに背を向けて上空よりきたるガーゴイルの群れを睨み据える。


「行こう」

「うむ」

「ええ」


 僕たちもレザリアに背を向けると、目の前にそびえる聖堂に向かって歩き出した。

 さあ、泣いても笑っても最終決戦だ。決着をつけてやる。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?