いったん野営地に戻ってきた僕たちは、以前にも世話になった有料で炊き出しをしている大型テントで夕食をつつきながら、改めて作戦会議を行っていた。
「どうも呪いの発生源となっている付呪師は城の最上階にいるようだな」
隣に座るファリンが僕の体に抱きついてきて、毎度のように胸許をスンスンと嗅ぎながらそんなことを言っている。
その行為が呪いの発生源を探るためなのか単純に匂いたいだけなのかは判然としないが、彼女の場合は前者のほうがむしろおまけな気もしなくはない。
向かいの席に座るレザリアは半眼でそんなファリンを睨みながらも、いちおうは頷きながら応じる。
「もう面倒くさいことは考えずに、このまま直接最上階に攻め込んじゃうのがいいのかも」
「でも、どうやって?」
隣の席で首を傾げるアリスに、レザリアがニヤッと得意げに口の葉を歪めた。
「ボクを誰だと思ってるの?」
なるほど、ドラゴンの姿に戻ったレザリアに乗って、そのまま強襲する作戦か。
アリスはまだレザリアの本当の姿を見たことないはずだし、その巨躯を目の当たりにすればきっとたまげることだろう。
ただ、一方でそれはあの恐怖の遊覧飛行をまた体験しなければならないということであり、そう思うと僕の心情としては少し複雑な気分だった。
「そうと決まれば、明日に備えて今日は早めに休もう。お姫サマも初めての戦闘で疲れてるみたいだしね」
「ありがとう、レジー」
今回の炊き出しのメニューであるお肉たっぷりのポトフをスプーンで口に運びながら、アリスがレザリアに礼を言う。
ファリンとはいがみ合ってばかりのレザリアだが、自分自身が最高位の存在だという自負からか、人間における最高位の血筋であるアリスについては多少なりとも目をかけているような印象が感じられた。
王女さまとドラゴンという組み合わせ自体にも何となく荘厳さを感じるし、案外、僕なんかよりもお似合いな組み合わせなのかもしれない。そして、そんな二人をその気になればいつでも好きにできてしまう今の状況は、控えめに言って最高である。
「うむ。まずはしっかり食べることだ。いっぱい食べていっぱい抱かれていっぱい寝て、そして、またいっばい抱かれるのが元気の秘訣だからな」
いちおうはファリンにも気遣う気持ちがあるのか、自分でもガツガツとポトフを食しながらアリスに向けて言った。
何やら少し違和感のある言いまわしだが……。
「そうね。やっぱり、抱かれるのは大事よね」
「それがなきゃはじまらないからね。早く食べて、テントに戻ろう」
あれれっ!? そっち!? 望むところだけども!
※
「んんっ……ご主人さま……」
妙な息苦しさに目を開けると、いつもどおりファリンが僕の上にまたがっていた。
もうこれについては半日常といえる話なので今さら驚きはしないが、いつもと少し違うのはのっけからずっと唇を塞がれていたことである。
「声が……出ちゃうからぁ……」
なるほど、昨日言われたことを本人なりに気にしているらしい。その甲斐もあってか、同じテントで眠るアリスやレザリアもまだ目覚めてはいないようだった。
レザリアはもともと一度眠ったらなかなか起きないところもあったが、アリスに関しては初陣の疲れもあるのだろう。昨夜もいつもより明らかに少ない回数で満足していたし、体だけでなく精神的な疲れもあったように思う。
「んんんっ……ダメ、こんなの、クセになっちゃう……」
一方、ファリンは何故かいつもより少し興奮気味だった。
もともと唾液の匂いがきっかけで僕に夢中になったようなことを言っていたし、ファリンがキスに弱いなんてことはもう随分と前から分かりきっている。
ファリンはもうずっと呼吸をするのも忘れて僕の唇に吸いついており、僕はそんな彼女の体を優しく抱きしめながら、その熱帯びた口の中にたっぷりと唾液を提供する。
※
「少し離れていてね」
野営地より少し離れた人気のない岩場で、レザリアが炎の渦とともに本来のレッドドラゴンの姿へと変化した。その姿はいつ見ても悠然として雄々しく、見るものが見れば腰を抜かしすのではないかと思うほどの圧倒的な迫力を感じる。
「お、大きい……!」
アリスは初めて見るその巨躯に、すっかり心を奪われているようだった。
一方の僕はこれから訪れるであろう瞬間に早くも憂鬱な気分になっていたが、何やら感激しているらしいアリスに水を差すわけにもいかず、顔の表面にうすら笑いを貼りつけることしかできない。
「さあ、みんな乗って」
――と、レザリアがその長い首をゆっくりともたげながら、その黄金色の瞳で僕の顔を覗き込むように見つめてきた。その口はうっすらと笑っているようにも見えるが……。
「マスターも、今日はこの前ほど高くは飛ばないから大丈夫だよ」
ば、バレてんじゃん……!
「なんだ、エド、怖いならわたしの体にしがみつけばよかろう」
さらに追い打ちをかけるように、ファリンが僕の体に抱きついてくる。
なんてことだ。最終決戦目前にして、早くも僕の心は深刻なダメージを負わされている。
「ダメだよ、マスターが一番前じゃないと。でないと、みんな乗せてあげないからね」
ぐぬぬ……こんな辱めを受けさせられたというのに、それでも恐怖体験からは逃れられないというのか。
レザリアの背中にしがみつくのは意外と難しく、本音を言えば、先頭はファリンかアリスにでも任せてその体にでもしがみついておきたいところだった。
とはいえ、文句を言っても機嫌を損ねるわけにもいかない。腹を括ってレザリアの背中によじ登ると、そのあとに続いてファリンとアリスも上がってきた。
ファリンはさっそく僕の腰に腕をまわしてうなじのあたりに顔を押しつけており、さらにはアリスまで僕の胸許のあたりにその長い腕を伸ばしてきている。
これ、間に挟まれてるファリンはどういう状況なんだろう。少なくとも安全性に関しては高そうだし、今からでも変わってはもらえないだろうか。
「それじゃ、行くよ。センパイ、何処から匂いがするか分かったら、ちゃんと教えてね」
「んんん……ご主人さまぁ……」
「は、白狼!」
「ぬう、分かっておる! そのときがきたらちゃんと伝える!」
ファリンはファリンで、しっかりと駄犬っぷりを発揮しているようだ。マジで大丈夫なんだろうか。犬は飼い主に似ると言う話のわりに、この体たらくはどうしたことか。
ともあれ、いよいよレザリアがその翼をはためかせて飛翔する。一気に数十メートルほど舞い上がるその重圧に体が押しつぶされそうになるが、それよりも空中で静止した際に訪れる下腹部がヒュンッとなる感覚がどうにも慣れない。
それでも恐る恐る眼下を見下ろすと、なるほど、確かに以前に南の洞窟から東の森まで飛翔したときにと比べればいくらか地上が近く見えた。だからといって、こんな高さから落ちたら無事では済まないだろうし、ファリンやアリスには絶対に僕の体を離さないでほしい。