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第三五章 迷宮

「ええい! もう少し離れて戦え! 貴様の炎が我が氷柱を解かしてしまうではないか!」

「そっちこそ、もう少しスマートに戦ったらどう? センパイのせいで思ったほど火力が上がらなくて余計に力を使わされるんだけど」


 魔物の群れを相手に、ファリンとレザリアが何やら言い争いをしながら氷やら炎やらを撒き散らしている。

 そこは古城内にある練兵場のような場所で、広めの空間に胸をなした亜人系の魔物がひしめき合っていた。まさかこの場で戦闘訓練をしていたわけでもなかろうが、ドラゴンがそのまま人型になったようなドラゴニュートを筆頭に、大型のリザードロードやオークキングなど、A級からAAA級までの魔物が陣を組みながら襲いかかってくる様はなかなかに壮観だった。

 とはいえ、どれだけ多勢に無勢であってもこちらが召し抱えるはフェンリルとドラゴンである。人化して力にリミッターがかかった状態でも知恵なき魔物に遅れを取るような二人ではなく、あっという間に敵陣を切り崩していく。


「はっ!」


 僕とアリスの役目は、そんな二人が撃ち漏らした魔物の後始末だった。

 正直なところ、今の僕ならこの程度の魔物の群れなど一人でどうとでもなりそうな気がしたが、能ある鷹は爪を隠すとも言うのでここは適当に楽をさせていただきたい。


「よし、これでしまいだ!」

「おっそいなぁ。こっちはもう終わってるよ?」

「な、なにぃ!? こちらのほうが数が多かっただけだ!」

「はいはい。さすがセンパイ、言い訳も上手だねぇ」

「き、貴様!」


 群れの処理を終えたらしい二人が、練兵場の奥のほうで今度はお互いに氷やら炎やらを飛ばしあっている。怪我だけはしないでくれよ。


「せやぁっ!」


 一方、こちらは最後に残ったミノタウロスの胴体をアリスが颯爽とな薙ぎ払い、その体が真っ二つになるところだった。

 これでこちらも掃討完了だ。ミノタウロスの亡骸がサラサラと灰燼に帰していき、そこから立ち上る精霊力が僕の腰につるしたランタンの中に回収されていく。

 コアとの繋がりを断たれて野生化した魔物は死体が残るので、逆説的に言えばこの地の魔物はコアと繋がりを持っていると言うことでもあった。それはつまり、この古城がダンジョン化していることの証左でもある。


「はぁ……もう近くに魔物はいないかな?」


 諍いを終えたらしいレザリアが、ぐるりと周囲を確認しながら訊く。


「どうやらこの辺りの魔物は狩り尽くしたようだな。少し休憩するか」


 ファリンも疲れた顔で鼻をヒクヒクさせながらそう応じた

 匂いで索敵ができるというのは思っていた以上にずっと便利で、もとが城砦ということで死角となる場所も多い中、ほとんど不意打ちを受けずに探索を続けられたのはファリンの功績によるところが大きい。

 ここまでに奇襲や不意打ちでやられたのであろう冒険者の亡骸もすでにいくつか見てきたため、なおさらそのことが強く感じられた。


「大丈夫?」

「ええ、ありがとう」


 僕が声をかけると、アリスは少し疲れたように小さく笑った。

 こうして彼女が戦うところを見るのは初めてだが、彼女からしても実戦は今回が初めてらしい。そのわりに危なげない立ち回りができているあたりは、亡き先王の教育の賜物なのだろう。

 レベルもすでに36と非常に高く、これについては普通に驚嘆させられた。ただ、何故か当のアリスも驚いていて、聞けば最後に確認したときは16程度だったらしい。


「あなたに抱かれる度に力を貰えるような気がするんだけど……まさかね」


 そう言ってアリスは笑っていたが、そんなことが現実に起こっていたとしたらとんでもないことである。もし仮に僕がそのような力に目覚めていたのだとしたら、明日から冒険者なんてやめて女性専門の『レベル上げ屋』にでも転職してやるのだが。


「ちょっと気になったんだけど……」


 ふと、レザリアが床の上に羊皮紙を広げながら呟いた。

 それはこれまでに城内を探索する中でレザリアが書き記してくれたお手製の地図で、改めて確認してみるとすでにかなり広いエリアを探索していることが分かる。


「この城、なんか変じゃない?」

「ぬ……確かに、奇妙ではあるな」


 一緒に覗き込んできたファリンも、何やらレザリアに同意しているようだ。

 はて、何が変だというのだろう。


「……広すぎる?」


 少し遅れてやってきたアリスが、何かに気づいたようにそう呟いた。

 広すぎる——そうか。確かに、外から見た古城の印象に反して、実際に僕らがこれまでに探索してきたエリアがあまりに広すぎるということか。

 確かに、地図だけで見るとすでに小さな村くらいの範囲を探索していることになるようだが、この古城にそこまでの敷地面積はなかったはずだ。


「それに、これだけ探索して階段が一個も見当たらないというのはおかしいわ」

「ぬ……そうなのか?」

「もう、センパイは……こんなに広いのに階段がぜんぜんなかったら、利用してる人が不便でしょ」


 確かに、それもそうだ。

 僕たちが古城の探索を開始してからすでに二時間以上は経過していると思うが、未だに階段らしきものを見つけられていない。考えてみれば、普通の城砦においてそんな構造は不自然極まりないことではある。


「……もしや……!」


 急に何を思ったのか、ファリンが僕の胸に顔を押し当ててきた。まさかこんなところで急におっぱじめようというつもりではなかろうが、はて。


「……っ! やはりそうか!」

「何がそうなの、センパイ?」


 訝しむようにレザリアが訊くと、ファリンは僕の胸許から顔を上げつつも何故かしっかりと背中には腕を回しながら答えた。


「エドにかけられた呪いが、何処にも通じておらぬ!」

「……あっ!」


 そこでレザリアも何かに気づいたらしい。

 僕の胸許にじっと目を凝らしたあと、天井を見つめたり床を見つめたり、あるいは周囲をぐるりと見回したりする。


「本当だ……マスターと術師の繋がりが感じられない……」

「どういうこと?」


 僕もそうだが、いまいち理解が及んでいないらしいアリスも顔に疑問符を浮かべていた。

 そんな僕らに向けて、今度はガッツリと胸許に顔を埋めながらモゴモゴとファリンが答える。


「つまり、この空間そのものがイヴリースが作り出していた異空間のようなものである可能性が高いのだ。わたしたちは付呪師を探しているつもりで、その実、付呪師が存在しない空間をひたすら彷徨い続けていたのかもしれぬ」

「どうりで誰も見つけられないはずだよ。入口からして間違ってたんだ」


 レザリアがやれやれと言った様子で肩をすくめた。

 なるほど。すでに古城の中に足を踏み入れた時点で、罠にかかっていた可能性が高いわけか。もし本当に二人の言うとおりなのだとしたら、未だにガイレルムの片鱗すら見つけられなかったことにも納得がいく。

 これはいったん出なおして、一から作戦を練りなおす必要があるかもしれないな。


「……んで、センパイ、いつまでそうしてるつもり?」


 ——と、僕が今後について思案をめぐらせていると、レザリアが半眼でこちらのほうを睨みながら言ってきた。

 何となく嫌な予感がして胸許を見下ろすと、ファリンがおでこまで真っ赤にしながら荒い吐息を吐いている。


「ご主人さま、魔物が近くに現れるまででいいから、ここでしちゃダメ……?」

「白狼……」


 いや、さすがにそんな甘えた声で言われても今はダメだよ。

 アリスもドン引きしちゃってるよ。


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