王国の北端、冬には雪に閉ざされてしまうその山嶺に隠れるように、その古城はポツンと建っていた。
かつては北のヴァレリ領に睨みを据えるための城砦的な役割を担っていたと言うが、すでに放棄されて久しく、ヴァレリ領が正式に王国の領土となって山道が整備されてからは近隣を訪れる者もほとんどいなくなっていたという。
そんな古城のほど近くに、今は巨大な野営地ができていた。理由は単純で、冒険者ギルドに古城に棲まうという付呪師征伐の依頼が張り出されたからである。
王命でもあるその依頼の報酬額はなんと三億ジェーンで、これは片田舎で隠居暮らしをする程度なら一生安泰に暮らせるくらいの金額だ。つまり、今のこの地は噂を聞きつけた腕自慢の冒険者たちが集まるある種のお祭り会場のようになっていて、野営地にはそんな冒険者たちとそれを相手にする行商人の姿でごったがえしていた。
まあ、僕だって何も知らなければ、その賞金額につられてノコノコと首を突っ込んでいただろうと思う。三億ジェーンという報酬には、それだけの魅力があった。
「僕が付呪師を倒しても、ちゃんと賞金もらえるのかな?」
そんな野営地にやってきた僕たちは、ひとまず炊き出しをしているという大型のテントを訪れていた。ファリンがここにくる前から腹が減った腹が減ったとうるさかったのだ。
「あなたには、もっと価値あるものがすでに手に入ってると思うけど」
僕の素朴な疑問に、向かいの席に座るアリスが器に入ったオートミールを木のスプーンで掻き混ぜながらクスッと笑って言った。
「ぬう!」
即座に隣のファリンが僕の肩に頭突きをくらわせてくる。
アリスの隣に座るレザリアも、半眼になりながら冷ややかな視線を向けていた。
「自分のこと、三億以上の価値があると思ってるんだ?」
「あっ! ち、ちがっ……べ、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
慌てたようにオートミールを口に含み、まだ熱々だったからかハフハフとしているアリスは傍目から見る分には最高に可愛い。ただ、ここで余計なことを言うとやぶ蛇にしかならなそうだったので、僕も黙って器に盛られたオートミールを口に含む。
「それにしても、野営地だけでこれだけの規模になるなんて、よほど征伐の任は難航してるということかしらね」
話の矛先を変えるためか、あるいは単純に気になったのか、行き交う冒険者の姿を眺めながらアリスが言った。
ここまでに得た情報では、古城の中は何故か魔物が蔓延っているために遅々として探索が進まず、未だ付呪師の所在すら確認できていないとのことらしい。
イヴリース曰く、ガイラルフとやらがこの古城にいることは間違いないらしい。だというのに、これだけの規模で探索が行われているにも関わらず未だその片鱗すら確認されていないというのはいかがなものだろう。
あるいは古城全体がある種のダンジョン化していて、僕が想像しているよりもはるかに凶悪かつ多数の魔物たちが跋扈でもしているのか。
「実際、コアのような気配を感じないでもないがな」
しれっと二杯目のオートミールをおかわりに行っていたファリンが、スプーンにすくった熱々のそれをフーフーしながら言う。
「センパイに同感。ダンジョン化してるってのは、あながち間違いでもないのかもね」
「以前からダンジョン化してたのかしら? それとも、このタイミングでたまたま偶然?」
さて、どうだろう。
廃墟や自然の洞穴がダンジョン化することはそこまで珍しいものではないが、それらが長らく放置されること自体は非常に稀である。
コアの発生によってダンジョン化した場所では常に魔物が増え続けるため、放置され続ければいずれ必ず増えすぎた魔物が外に溢れ出てくる。そうなれば何かしら被害が出ることは避けられず、通常はそれがダンジョンの認知に繋がるものだ。
もっとも、さすがにこんな山間部となると外に溢れた魔物が実際に人里に辿り着くまでにもかなり時間がかかるし、そうなる前に野生化してしまう可能性も考えられなくはない。
「まあ、人間どもがどれだけ手こずろうと、我らの敵ではあるまい。さっさと片づけてエドの呪いを解いてしまわねば」
「そういえば、あれから体の具合はどう?」
「何ともないよ。むしろ前より元気なくらいさ」
「マスター、朝からボクたちの相手してもピンピンしてるもんね」
そうだ。これに関しては、まさに霊薬さまさまである。
あの日以来、僕はすっかりお元気になってしまった。霊薬によって高められた生命力というのは一過性のものでないらしく、どちらかというと体力の最大値が極端に跳ね上がったような状態であるらしいのだ。
少し前まではアリス一人にヒィヒィ言わされていたが、今はもう相手が三人だろうと四人だろうと負ける気がしないし、疲れても一晩寝ればギンギンのビンビンである。
「うむ。今朝はちょっとうるさくしすぎて、宿の主人に怒られてしまったくらいだからな」
「いや、それはセンパイだけでしょ。ボクたちはちゃんと慎ましやかにしてるし」
「確かに、白狼はもうちょっと抑えたほうがいいかもしれないわね」
「な、なぬっ!? そ、そんな、だって……だって、仕方ないんだもん!」
ダンッとテーブルを叩きながら、真っ赤な顔でファリンが反論している。
これから最終決戦だというのに、どうにも緊張感のないパーティである。