目を覚ましたとき、そこは見たこともない天蓋つきの巨大なベッドの上だった。
同じベッドには何故かファリンやレザリアやアリスの姿があって、はてにはシキルに加えてイヴリースの姿までもが確認できる。
皆一様に一糸まとわぬ姿で、さらに汗やらなんやらにまみれて全身ドロドロで、シキル以外の女性陣に関しては昏倒したように眠りについていた。
「まあ、まあ、やっとお目覚めになられたのですね、勇者さま!」
シキルだけは異様に元気で、目を覚ました僕が体を起こす間もなく飛びついてくると、そのまま何度も何度もキスをしてきてなかなか起き上がらせてくれなかった。
どういった状況かはまったく分からなかったが、どのようなことが行われていたかくらいは何となく想像がつく。ただ、そこに至るまでの経緯については想像が及ばず、僕はシキルに状況の説明を求めた。シキルの説明は実に端的だった。
「死の呪いに抗えるほどに生命力を高めるということは、こういうことでもありますので」
「こういうこと、ね……」
そう言われてしまえば、そうと納得するより他はない。
異様な熱気と匂いに包まれたベッドの上はどう考えても快適な状況ではなかったが、それでも死んだように眠る女性陣の顔は何処か安らかで、各々が譫言のように何処か甘やかな声で囁いていた。
「ご主人さま……もっと……もっと激しくても、大丈夫だからぁ……」
「やだ、やだ……これ以上はホントにおかしくなっちゃうよぉ、ますたぁ……」
「いいのよ……何も気にしないで、そのままもっといっぱいちょうだい……」
普段なら興奮を掻き立てられそうなその言葉も、何故か今はひたすら背筋が冷えていくばかりである。彼女たちが目覚めたとき、はたして僕は無事でいられるのだろうか。
「それにしても、あんなに幸せそうな寝顔をしているお師匠さまは初めて見ます」
僕の膝のあたりを勝手に枕にして寝ているイヴリースを見やりながら、シキルが珍しいものでも見るようにそう言った。
イヴリースの寝顔を見るなんて今回が初めてなので比較のしようもないが、口許にうっすらと笑みを浮かべながら眠るその顔は、確かに幸せそうではある。
というか、こんな明らかに異常な空間に彼女が混ざっていること自体、何かの見間違いではないかと思うほど場違い感がすごかった。
その一方で、どうせならみんなに混じって乱れている彼女の姿を記憶にとどめておきたかったと思う部分もないではないが。
「大丈夫です! 宴はまだまだこれからですから!」
何を察してか、シキルが僕に激しく頬ずりをしながらそんなことを言ってきた。
実際、彼女の言うとおりで、僕にそんな悠長なことを考えている余裕があったのもそのときくらいだった。
それからほどなくしてシキル以外の女性陣も意識を取り戻しはじめると、あとはもうひたすららんちき騒ぎだった。宴の後半戦において、僕は間違いなく襲われる側であり、捕食される側だった。
「ご主人さま、もっと! もっと!」
「ますたぁ、好き! 大好き!」
「エドワルド、あなたのすべてをちょうだい!」
「勇者さま! ああ、ああ、勇者さまぁ!」
女性陣の言い分は『あれだけ好き放題に暴れたのだから、逆にやり返されても文句は言えないはず』の一点張りで、今回ばかりは不可抗力な上に記憶すらないというのに、残念ながら僕の言い分が聞き入れられることは一切なかった。
「ああ、勇者エドワルド……どうして、どうしてあなたの前ではこんなにも自分を抑えることができないの……」
それはそれとして、乱れるイヴリースは予想に反して完全に『女の顔』をしていて、このときばかりはさすがに僕も興奮を禁じ得なかったことを報告しておく。
やはり、ギャップに弱いのだと思う。イヴリースと絡んでいるときのまわりの目が少し怖かったが、まあ、こればっかりはある種の男の性だと思って許してほしい。
※
宴はその後も数時間に渡って続いた。
驚いたのは、これまでは回を重ねるにつれて枯れていくはずの僕がいつまで経っても元気いっぱいで、最終的には女性陣のほうが音を上げたことである。ファリンから借りた剣もすごい剣だったが、僕はもう一本すごい剣を手に入れてしまったかもしれない。
とはいえ、体のほうはそんな感じにすこぶる調子がよくても呪いが解けたわけではないようで、相変わらず僕の胸には紋様状の痣が残ったままだった。
今は三種の血によって作られた霊薬とやらの力でびっくりするほど元気だが、こうして胸に痣が残っている以上は、またいずれあのような状況に陥る可能性が残されているということなのだろうか。
「この呪いは術者本人にしか解けません。ですから、まずは呪いに抗えるだけの力を得る必要があったのです」
宴を終えて最初の部屋に戻ってきた僕たちは、改めてイヴリースから状況の説明を受けることになった。
「ふざけるな! そもそも貴様がエドに呪いをかけたのだろうが!」
イヴリースの言葉を聞いたファリンは、今にも飛びかかりそうな勢いで彼女を睨みつけていた。
レザリアがその体を後ろから無理やり抑え込んでいなければ、実際に飛びかかっていたとしても別に不思議はなかったように思う。
「はい。それについては申し開きのしようもありません。ただ、これが最も事態の解決に最良の方法だったことをご理解ください」
「わけのわからないことを言うな! さっさとエドの呪いを解け!」
「それは不可能です」
「何だと!?」
「センパイ、落ちついて」
いよいよ本気でイヴリースに飛びかかろうとするファリンを、レザリアがほとんど羽交い締めにするようにして押さえ込んでいる。
さすがにこのまま彼女に頼りっきりというのも悪い気がしたので、僕は横からファリンの体を預かり受けるように抱きとめた。
「ファリン、ひとまずイヴリースの話を聞こう」
「ぬううっ……!」
ファリンはまだ少し不服そうだったが、僕の腕の中にすっぽりと収まると、何を思ったのかそのまま胸の辺りに顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぎはじめる。まさかとは思うが、僕の体臭を嗅いで心を落ち着けようとでも言うつもりか。
「……ぬ?」
――と、そのとき、何かに気づいたようにファリンが顔を上げた。
そのままじっと僕の胸許を見つめ、それから再びイヴリースのほうに向きなおる。
何故かそんなファリンの様子を見てレザリアは疲れたように溜息をついており、イヴリースの隣ではアリスとシキルがそれぞれに安堵の表情を浮かべている。はて、いったいどういうことだろう。
「もしや……呪いの根源は、此奴ではない……!?」
そこで、ファリンが驚きの真実を告げた。おいおい、マジですか。しかも、この様子だと僕ら以外は……。
「ま、まさか……皆は気づいていたのか!?」
「当たり前でしょ」
「ご、ごめんなさい。わたしはイヴリースから聞かされていたから……」
「せっかく鼻が効くのに、役に立たないセンパイだね」
「ち、ちがっ……! だ、だって、ご主人さまの匂いがあまりにも強くて、そっちにばっかり気を取られるからっ!」
ファリンが顔を真っ赤にしながら再び僕の胸許に顔を埋めてくる。ただ、今回は単純に恥ずかしくて顔を見られたくないからだろう。
思い返してみれば、今でこそ僕の体に浮かんでいる紋様状の痣も、もとはと言えばイヴリースの体にあったものではなかったか。
「……つまり、もともとこの呪いはイヴリースにかけられていたものってこと?」
僕が訊くと、イヴリースは口許に小さな笑みを浮かべながら頷いた。
「そうです。呪いの根源となる術師の名はガイレルム。彼の者は国王ルドルファスとわたしにそれぞれ死の呪いかけました」
「国王さまは何か狙いがあるとして、どうして君にも呪いを?」
「邪魔だったからでしょう。ガイレルムはかつての我が弟子であり、同時に伴侶でもありました。彼はもしも自分に抗する者がいるとすれば、それはわたしだと考えたはずです」
「ええっ?」
あまりにも突飛な話に、思わず変な声を上げてしまう。
そんな僕に対して補足でもするように、沈痛な面持ちでアリスが口を開いた。
「ガイレルムは、イヴリースとともにかつて宮廷を支えていた術師なの。彼もまた王室への失望感から王都を出奔し、以降は長らく行方が知れなかったという話だけれど、まさかこんな形で再びその名を聞くことになるなんて……」
「じゃあ、今回の騒動はそのガイレルムって人が国家転覆をはかったってこと?」
「そうなる……のかしら。でも……」
アリスの返答は、どうにも歯切れが悪かった。まあ、僕にとっては相手の狙いが国家転覆だろうがなんだろうが、最終的に死の呪いを何とかできるならどうでもいいことではあるが。
「ということは、つまり、イヴリースでもこの呪いを解くことはできなかったってこと?」
「はい。この呪いを解くためには術者自身が解呪するか、あるいは術者そのものを亡き者にするより他にありません」
「なるほど」
ここにきて、ようやく全体像が見えてきた気がする。
「最初から、君は僕にそれをさせたかったわけだ」
「ああ、勇者さま……」
イヴリースの傍らで、シキルが両手を胸の前で組んでうるうるとその瞳を潤ませていた。
あの晩、彼女が僕に声をかけてきた瞬間から、すべての計画は動き出していたのだろう。何も知らずにここまでやってきた僕たちだが、すべてはイヴリースの掌の上だったのかもしれない。
「君たちは、そのためにここまですべてのお膳立てをしてきたわけだね」
「そのとおりです」
イヴリースは、満面の笑みを浮かべてそう答える。相変わらず笑顔が怖い。
僕は溜息を吐き、それからレザリアとファリンの様子をそれぞれ窺った。
レザリアはすでに興味をなくしたのか退屈そうに自分の髪を指先に絡めながらあくびをしているし、ファリンに関しては僕の腕の中ですっかり大人しくなっている。
おそらくこの二人だって、どうせこの国の未来だとかそういうことには興味がない。面倒なことに巻き込まれてしまったのは事実だが、どのみち僕がやらなきゃいけないことなんて最初から決まっている。
「いいさ、ここまできたんだ。呪いを解くついでに、国でも何でも救ってやる」
僕が言うと、イヴリースではなく、その隣に立つアリスがパッとその顔を輝かせた。
王位継承権を持たない彼女でも、やはり国王の容体やこの国の行く末は心配なのだろう。何でもかんでもイヴリースの計画どおりというのは癪に触るが、結果的にそれでアリスも救われるなら、ここは目を瞑ってやるとするか。
「ありがとうございます」
僕の反応に満足したのか、イヴリースが慇懃に首を垂れて言った。
「これにより、未来は結ばれました。わたしもまたあなたの忠実な僕となりましょう。我が王、エドワルドよ」