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第三一章 センパイ

「ああ、やだ、やだ、死んじゃう、死んじゃう……!」

「大丈夫だよ、レザリア。それに、まだまだこんなもんじゃない」

「ダメ、もう無理、マスター、こんなのスゴすぎるよぉ……」

「んんっ……ご主人さま、もう見てるだけじゃ我慢できない……ねえ、キスして、キスだけでもいいからぁ……」


     ※


「マスター、もう一生離さないからね……」


 魔物が人化する際に何か種族的な特徴が反映されるのかもしれないが、ならんで立ってみるとレザリアは僕よりも上背があった。別に僕自身が男性の平均身長より低いわけではないので、単純にデカいのだ。

 長い髪は根本から先端にかけて少しずつ明るくなっているようで、それもあって髪そのものが炎の束のように見えなくもない。頭頂部には赤黒いニ本の角が生えていて、切れ長な黄金色の瞳は瞳孔が縦に長く伸びている。

 人化した直後はスッポンポンだったが、今は魔術的な力で生み出したらしいスリットの深いワンピースドレスのようなものを身にまとっており、先ほどからずっとその豊満な胸の谷間に僕の腕を抱え込んでいる。


「ボクも馬鹿だったよ。退屈しのぎに命を削り合うより、こうして歩み寄るべきだった。愛さえあれば、生きていく上で退屈なことなんて何もなかったんだね……」

「おい、貴様、その感情は一過性の幻想にすぎぬ。無事に生き永らえるという目的は達し得たのだから、もうエドにベタベタするのはやめよ」


 反対側の腕を掴むファリンが、明らかに不機嫌そうな口調でレザリアに言った。

 まさに両手に花だ。両手に花には違いないのだが……。


「違うよ。今なら分かる。ボクはきっとマスターの従魔になること……いや、マスターと愛を育むことが運命づけられていたんだ。ずっとこの地で眠りながら、ボクは自分がどうしてこんなにも退屈な世界に生み出されたのか、その意味をずっと考えてた。その答えがやっと分かったんだ」

「そ、それが幻想だと言うておるのだ! 貴様は死の恐怖に感情を狂わされているだけにすぎぬ! あ、愛などと、そんな大げさな話ではない! 冷静になれ!」


 無事に和解――と言っていいのかは不明だが、ひとまず友好の絆を結ぶことができた僕たちは洞穴の出口があるという方角に向けて薄闇の中を進んでいた。

 しかし、武器を納めたからといってすべてが丸く収まったというわけではなく、ファリンとレザリアに関してはご覧の有り様である。ファリンの気質を考えればこうなることは最初から分かっていたし、その上で行為に及んだ僕にも責任はあるのだが、さて、いったいどうしたものか。

 正直なところ、レザリアがここまで僕に絆されてくれるのは予想外だった。もとが高慢ちきな気質だし、その上で心をボッキボキに折られて意気消沈していたわけだから、従魔化がうまくいったとしてもツンツンしているかめちゃくちゃ大人しくなるかのどちらかだと勝手に思い込んでいたのだ。

 というか、ファリンでさえ最初はもう少しフェンリルとしてのプライドを保とうと努力していた気もするが、レザリアに関してはその様子すら見られない。最初からかなりいろいろと振り切れてしまっているが、ファリン以上に相性がよかったのか、あるいは一度に感情を揺さぶりすぎてしまったからか。


「むしろ、死の恐怖がボクにこの世界の真理に気づかせてくれたんだよ。君だってそうなんだろう、センパイ?」

「せ、せんぱいィ!? た、たわけたことを言うな! き、貴様には魔の者の最高位たるドラゴンとしてのプライドはないのか!?」


 ともあれ、二人は僕を挟んで先ほどからずっと火花を散らしている。

 従魔に先輩後輩とかってあるんだ……。


「うるさいなぁ。プライドなんてその辺のゴブリンにでも食べさせておけばいいんだよ。ああ、マスター、キャンキャンうるさい犬っころセンパイがいなければ、もっと二人っきりで愛を確かめ合えたのに……」

「い、犬っころだと……!? き、貴様……! だから、わたしは此奴を従魔にするのは反対だったのだ! わたしの……わたしだけのご主人さまがーっ!」


 引っ張るな、引っ張るな。

 甘く見ていた。ファリンがヤキモチを焼くことは想定できていても、レザリアがこんな風に愛だの何だのと言ってくるキャラだとは思っていなかった。それだけ僕が上手くやったと自惚れることもできようが、このままだと二人の間で物理的に引き裂かれる可能性もあるのではないか。


「ん……見えてきたね」


 ——と、前方に視線を向けながらレザリアが言った。

 その視線の先に出口らしきものは見えないが、そのあたりだけが他と比較して明らかに明るくなっていて、どうやら天井部分に大きな穴が空いているらしい。


「ボクが外と出入りするときに使ってる穴だよ。ねえ、マスター、ボクを元の姿に戻らせてくれないかな?」


 そう言いながら、レザリアが僕から身を離して日差しの差し込む穴の下へと小走りに駆けていく。言われるままに僕が頭の中で念じると、ほとんど同時にレザリアの体が巨大な炎の渦に包み込まれ、中からレッドドラゴンの巨躯がその姿を現した。

 ファリンが変化するときよりもさらにサイズ差が大きいので、今後は場所を考えないと大変なことになってしまうかもしれない。


「東の森に行くんでしょ? ボクの背中に乗りなよ。本当はマスター以外は乗せたくないんだけど、特別にセンパイも乗せてあげる」

「べ、別に貴様の世話にならずとも、わたしだって元の姿に戻れれば一瞬で……!」


 そう言いながら、変化の許可をくれとばかりにファリンが睨みつけてくる。

 フェンリルとドラゴンの競争自体には興味を引かれるが、とはいえ、さすがにそんな子どもじみた意地の張り合いをされても困るし、そもそもこんなときのファリンを言いくるめる方法なんて、僕にはもう分かっている。


「そんなこと言わないで、一緒に乗ろう? 僕の体に掴まってくれてかまわないから」

「えっ……」


 意固地になってその場にとどまろうとするファリンに手を掴み、レッドドラゴンとなったレザリアのもとに引っぱっていく。それまで怒りに染まっていたファリンの顔が一瞬にしてフニャフニャになり、真っ赤な顔をして僕のあとをついくる姿は控えめに言ってもかなり可愛らしい。


「やれやれ、センパイ、ボクにプライドがどうこう言うわりには、随分と素直な反応をするんだね?」

「う、うるさいうるさい! わ、わたしだってプライドなどとうにかなぐり捨てている!」


 それは売り言葉に対する買い言葉として、はたして適切なのだろうか。


「それじゃ、飛ぶよ。センパイはどうでもいいけど、マスターはしっかりボクの体を抱きしめて、絶対に離さないでね」


 レザリアの広い背中の上によじ登った僕は、言われたとおり首筋のあたりにしっかりしがみつく。鱗皮の厚みのせいかファリンほど敏感に反応するわけではないが、それでも抱きしめろと言ってくるあたりは何故か二人とも共通している。まあ、空中で振り落とされては洒落にならないので、言われたとおりしっかり掴まられせてもらうことにしよう。


「んんっ……エドの背中、あったかい……」


 ファリンはファリンで、僕の背中にしがみつきながらご満悦そうだった。幸せなそうで何よりである。


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