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第二九章 試してみようか

「……ギャッ!? な、なんだっ!?」

「隙を見せたな!」

「しまった! ぐううっ!?」


 悲鳴を上げる『紅き眠り竜』、その隙を逃さず首許に噛みつくファリン、そして、僕の前には綺麗に断面を晒すレッドドラゴンの尻尾の先端が転がっていた。

 そう、『紅き眠り竜』の尻尾を斬り落としたのだ。すごい斬れ味だぜ、この剣。


「ふ……ざけるなァァァ!」


 首許に牙を立てられながらも『紅き眠り竜』がその口から獄炎を吐き出し、体を焼かれたファリンは堪らずその場から退避する。ファリンの獣毛は何か不思議な力で護られているのか焼け落ちてはいなかったが、それでも彼女の顔には苦悶の色が窺えた。


「ふざけるな! ふざけるな! ボクの体を傷つけたな!?」


 一方、『紅き眠り竜』は激昂しながらその場で地団駄を踏むように足踏みし、洞穴全体が地震にでもみまわれたかのように激震する。怒りに燃える黄金の瞳がギョロリと僕を睨み、ファリンのほうを向いていた首がゆっくりとこちらにもたげられてくる。


「許さないぞ! 人間ごときがボクの体を傷つけて、今回ばかりは生きて帰れると思うなよ!」

「さっきも言ったけどさ、ちょっと血を分けてほしいんだ。こっちの切れた尻尾をもらえるなら、ここで終わりにしてやってもいいけど」

「ふざけてるのか!? 終わるのはおまえだ! もう遊びではすまされないぞ!」

「それじゃ、試してみようか。『本気を出してなかったのはどっちか』をさ」


 僕はファリンからもらった剣をヒュンヒュンとしならせるように素振りしながら、眼前の怒れる竜に向きなおる。

 レベルもすでに戻っていて、手許には竜の強靭な鱗皮すらものともしない武器がある。これまで『紅き眠り竜』が僕に対して本気を出していなかったというのは知らなかったが、僕だって最初から竜の鱗皮を斬り裂けるだけの武器があればここまでズルズルと決着を先延ばしにするようなことはなかった。

 万全でなかったという意味では、条件はどちらも同じだ。ここで決着をつけてやる。


「エドッ!」


 ファリンが心配そうにこちらを見つめている。

 僕は口の端をつり上げると、意図的に少し悪そうな笑みを浮かべて言った。


「そこで見ていろ。君のご主人さまが、ドラゴンすらものともしない最強の勇者であることを証明してやる」

「それ以上、舐めた口をきくな!」


 怒号とともに『紅き眠り竜』の口から業火が迸り、灼熱の奔流が僕の身に襲いかかってきた。しかし、僕がその場で真っ直ぐに剣を振り下ろすと、まるで目の前に道が現れたかのように獄炎の息吹が真っ二つに斬り裂かれていく。

 さらに僕は大地を蹴ると、矢弾のごとき速度で『紅き眠り竜』の足許に肉薄する。もちろん、それを黙って迎え入れてくれるような相手ではなく、『紅き眠り竜』は即座に反応して前足を振り下ろしてきた。僕はその一撃を身を捻って回避しつつ、叩きつけられた前足を足場に『紅き眠り竜』の体を駆け上がると、一気にその首許まで距離を詰める。


「くそっ! くそっ!」


 身をひねり、翼をはためかせながら『紅き眠り竜』が必死に僕を振り落とそうとしてくるが、フェンリルの背中にのって街道を爆走したときのヤバさに比べたら大したことはない。

 僕は『紅き眠り竜』のうなじのあたりにトンと手を触れると、首をもたげてこちらを見やるその顔に向けて告げた。


「僕のライバルには、少し物足りなかったみたいだね?」

「そ、そんな……そんなっ……!」


 金色の瞳が恐怖に見開かれ、僕はその様子に一抹の躊躇いを感じつつも、『紅き眠り竜』の首筋に剣を振り――下ろそうとした瞬間、急に足許が炎の渦に包みこまれた。


「ぬえええっ!?」


 あわや炎の渦に飲み込まれて燃やされるかと思ったが、渦自体が何か力場のようなものを生成しているらしく、僕はそのまま激しく吹き飛ばされてしまう。

 というか、この光景には見覚えがあった。ファリンが姿を変えるときに巻き起こるあれだ。


「な、何が起こっている!?」


 ファリンにも状況が理解できていないようで、僕のほうまで駆け寄りながら、その真紅の瞳を見開いて目の前の光景をじっと見つめていた。

 やがて、爆発でもするかのように炎の渦が弾けると、中から一人の女性がその姿を現す。

 それは燃えるような赤い髪をした、一糸まとわぬ姿の女性だった。体を丸めるようにその場にうずくまり、まるで泣きべそでもかくかのようにその体を小さく震わせているように見えるが……。


「やだ……やだ……死にたくないよぉ……」


 どうやら比喩ではなく、その女性は本当に泣いているらしかった。


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