第二二章 勇者とは
「……素敵……男女の営みがこんなに素晴らしいものだったなんて……まるでまだ夢の中にいるみたい……」
芝生のベッドの上で僕の腕の中に収まりながら、熱に浮かされたようにうっとりとアリスが呟いた。
けっきょく抗えなかった。完敗だった。
先に言い訳をさせてほしいのだが、今回に関しては僕は本当にギリギリまで我慢した。なにせ相手は一国の王女殿下だ。確かにあわよくばの精神は常にあったが、決して今ではない。もう少しいろいろと状況を精査して、関係を持ったあとも僕の生活環境に何の変化が起きないことを確認して、それから手を出すつもりだった。こんな形は望んでいなかった。
だが、酒は僕から正常な判断を奪う。つまり、狙われていたのはやはり僕のほうだった。さらに恐るべきは、彼女がキスだけで完全に僕をその気にさせてきたことである。昨夜の拙いキスとはまるで違う、完全に男の本能を駆り立てる情熱的なキスだった。アリスも勇者の《加護》を持つと言う話だし、いつかミュリエルに彼女の体液も調べてもらったほうがいいかもしれない。
「まさか、こんなところで王女さまを抱くことになるとはね」
「わたしには、むしろこちらのほうが似合ってるわ。出会って二日しか経ってない男に、心も体も明け渡してしまうような女だもの」
「本当は、キスだけで我慢するつもりだった」
「わたしの覚悟、感じてくれた?」
「十分すぎるほどにね」
「きっと後悔してるでしょうね」
「後悔は、ずっとしてる。でも、だからってどうしようもないさ。君のような美しく高貴な女性が身も心も委ねてくれているのに、気づかないふりをするなんて僕にはできない」
「あなたが後先を考えない人で、本当によかった」
アリスが再び深く唇を重ねてきて、僕は慌てて抵抗を試みるのだが、逃れようのない快楽にあっという間に脳髄を侵食されてしまう。
気づいたときにはもうこちらのほうからアリスを求めていて、そんな僕の様子に彼女の瞳が満足げに細められる。
「あなたはきっとこの先もずっと今宵のことを後悔し続けるわ。これはわたしがあなたにかけた呪いよ」
また呪いか。もはや呪われすぎて、何か新しい力にでも覚醒しそうだな。
「それに、罪でもあるわ。あなたは一国の王女を拐かし、その上で手籠めにもした。王女にはすでに婚約者もいるというのに……」
「ええっ?」
「ふふふ……半分は冗談。でも、半分は本当」
「は、半分ってのは、どういう……?」
「さあ、どういうことでしょうね。そんなことより……ねえ、エドワルド、まだ夜は長いわ。もっとわたしを夢の世界に連れて行って……」
誤魔化すようにそう言って、アリスが裸の胸を押しつけながら再び深く深く口づけをしてきた。どれだけ抵抗したところで逃れる術などないことを、早くも僕は悟りつつあった。
※
「あ、あの……」
「貴様はそこで見ておれ、小娘風情が! わたしを酒で酔わせてその隙にことに及ぶなど、これだから人間というものは信用ならんのだ! 薄汚い野良猫め!」
翌朝、そうなるとは思っていたが、やはりそうなった。
目覚めない僕のほうにも責任の一端はあるのだろうが、目を開けたときにはすでにファリンが僕の上にまたがっていて、それをアリスが眺めていた。
「ご、ごめんなさい。でも、覚悟を決めろって……」
「確かに貴様の覚悟は見せてもらった! だが、本当に覚悟が試されるのはこれからだと悟るがよい! 見よ! 懸想した男が目の前でだらしなんあっ……だ、だめっ、急に動いたら……」
「ごめん、お尻の下に大きな石があって」
尻の下の違和感に身じろぎをすると、それがファリンの弱いところを刺激することに繋がってしまったらしい。しかし、それでもファリンは真っ赤な顔をしながら勇ましく吼えている。
「くぅ……わ、わたしとエドの営みを見て……んくっ……せいぜい、心を乱されるがよい……あっ、うそっ、ちょ、出すなら出すって……んんんっ……!」
「あ、あの……」
「な、なんだ!? い、いま、それどころじゃ……んああっ……」
「あ、その……」
アリスもまた真っ赤な顔で、僕とファリンの顔を交互に見つめながら言った。
「お、終わったらでかまわないから、交代してもらってもいいかしら……?」
※
予定どおり、王都を出立してから三日目の昼に東の森に到着した。
ファリンの放つフェンリルの気配のおかげで道中で野生の魔物と遭遇することはなかったし、天候に恵まれたことも好影響したのだと思う。
ただ、この三日間で唯一難儀したのは、アリスの欲求問題についてだった。
「勇者というのは、男も女もこんな感じなのか?」
「いや、実際に僕以外の勇者を見るのは初めてだから……」
二日目の朝に流れで三人で致してしまって以来、アリスは二人どころか三人での営みに対してもすっかり抵抗をなくしてしまい、さらにはファリンでさえその対象とするようになってしまったのだ。
もちろん、ファリンだって最初こそ抵抗するのだが、一度スイッチが入ってしまうともうどうにもならなくなるらしい。そして、結果的には彼女もアリスの慰みものにされてしまうのである。
「ご、ごめんなさい。でも、だいぶ落ちついてきたから……」
恐縮ぎみにそう言うアリスも自分の乱れっぷりについては自覚はあるようで、さすがに三日目の朝ともなると少しは大人しくなってきたように思う。
ただ、それでも僕は空っぽになるまで蹂躙されたし、僕が弾切れになったあとはしっかりファリンが犠牲になっていた。落ちついてコレは恐れ入る。
最初からこんな絶倫王女だと知っていたら、もしかしたらあの日の夜だってもう少し我慢することができたかもしれない。これはもう愛の営みとかそういうレベルの話ではなかった。生死の話だ。精子にあらずして。
「とりあえず、今後はまずわたしが三回だ。その後は好きにせよ」
「さ、三回でいいの?」
疲れ切った顔で、ファリンがアリスに今後の方針について話をしていた。
三回でも多いんだけどな……。