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第十二章 黒歴史

「乗ってよし、乗られてよし。まさにエドとわたしは人馬一体と言えるのではないか?」


 いろんな意味で元気いっぱいになったファリンは、謎の力で早着替えを済ませながらそう言った。すっぽんぽんの状態からほとんど一瞬で胸当てまで装着している。何かそういう魔術的なものがあるのだろうが、便利そうで単純に羨ましい。


「馬が乗る側になることはないと思うけどね」


 僕はほとんど無理やり脱がされた衣服を一枚一枚丁寧に身につけながら、暗澹たる思いで答える。これまでに酒の勢いで女性を押し倒すことは何度かあったが、なるほど、襲われるというのはこういう感覚なのか。


「となれば、我らは人馬一体すら超えたところにいるのかもしれん。新しい言葉を作らねばなるまいな」


 その必要はないと思う。そもそも人馬一体という言葉の使いかたからして違う。


「まあよい。それよりも、さっそく王都に向かおうぞ。これほど大きな街だ。さぞ美味い食物も多かろう」


 三大欲求の一つをしっかり満たしたファリンは、すでに次の欲求に目標をスイッチしているようだった。彼女のこの前向きさについては、僕も少し見習うべきだろうか。


「これまでに王都に入ったことはあるの?」

「否。人間など恐るるに足りぬが、それでも為政者のお膝下に用もなく近づくほど愚かではない。賢しい人間の術師どもが我が正体に気づく可能性も否定できんしな」

「そのリスクは、別に今もなくなったわけではないと思うけど」

「そのときは、勇者エドワルドの忠実なる僕であるとでも伝えればよい。人間の中には魔の者を服従させる者もおるというではないか」


 あっさりとそう言い放つファリンに、僕のほうが噴き出してしまった。

 コイツ、自分が何を言っているのか理解しているのだろうか。


「い、いいの? フェンリルとしてのプライドとかあるんじゃなかったっけ?」

「くどい。わたしは生まれ変わったのだ。この身はすでにおまえに捧げたも同然。有象無象に軽んじられるのは我慢ならぬが、人の世で生きるためとあらばおまえの僕と見なされることも甘んじて受け入れよう」


 マジかよ。そこまで腹が括れているとは思わなかった。

 というか、逆にファリンの価値観をそこまで破壊してしまっていたことに一抹の責任を感じなくもないな。


「一抹では困る! 全身全霊で感ぜよ!」


 耳の先をピーンとそそり立たせながらファリンが吼える。

 いや、さすがにそこまでの重責を背負わされるのはちょっと……まあ、デカいペットが増えたと思うことにしておくか。


「ふん。まあ、今は許そう。だが、わたしは決してあの甘やかな夜を忘れはせんぞ。『可愛いファリン。僕だけのファリン。もう一生君を離すことはないよ。ファリン、君のその白い肌も白い髪もすべて僕の色で染めてあげる』……」

「や、やめろーっ!」


 僕は絶叫した。


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