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第三章 このゴブリン、強すぎじゃね?

 僕たち冒険者が授かった《加護》には様々な種類があるとされているが、その中でもわりと一般的とされているのは戦士、魔導師、聖職者の三種類だろうか。

 《加護》はそれぞれの職業名にちなんだ『影響力』と呼ばれる特性を持ち、レベルが上がるごとにその力は飛躍的に向上していく。

 たとえば戦士なら戦闘技能が向上したり、魔導師や聖職者であれば新たな術を閃いたり術自体の扱いがうまくなったりするといった感じだ。

 そんな中で僕の『勇者』という《加護》は、戦士のように高い戦闘力を持つわけでもなく、魔術師や聖職者のように何か高度な術式を操れるわけでもなかった。

 ただ、とにかくレベルアップの速度が早く、他の種類の《加護》と比較して『影響力』の及ぼす範囲が非常に広いという特徴があるのだ。

 もちろん、《加護》による『影響力』の強さはレベルが高まれば高まるほど大きくなる。

 同じレベルなら戦士のほうが物理攻撃や防御行動に対して高い『影響力』を得られるが、レベルがとにかく高ければ戦士以上の結果を出すことも可能なのである。

 それに、勇者の《加護》を持つ者はそこまで複雑なものでなければ魔術や神聖術を体得することも可能であった。まさに器用貧乏にも万能にもなり得る大器といえるだろう。

 本来であれば、その力はより多くの人のために役立てるべきものなのかもしれない。

 ただ、少なくとも現在においては歴史に何度かその名を刻んでいる『魔王』の存在は確認されていないし、僕に果たすべき役目があるとしたら、近所にちょっと強めな魔物が出現したときに退治に向かうくらいのものである。

 故郷を出てこのメイガスの街に落ち着くまでは諸国をブラブラと渡り歩いていたが、何処もそれなりに平和でそれなりに荒れていて、そして、だいたいは勇者ではなくその土地の領主やら王族が地道に問題を解決していた。

 それに、旅の中で知ったのだが、別に僕だけが特別というわけではない。そこまで数が多くないだけで、この世界には僕以外にも勇者の《加護》を持つ者は存在するのだ。

 それなら、僕みたいに与えられた力を自分のために存分に使って悠々自適に生活する者が一人くらい混じっていても、別に問題はないと思うのだ。

 世界的に見て勇者の《加護》を持つ者の割合がどの程度なのかは見当もつかないが、神さまだってたかだか人間一人にそこまで重積を負わせたりはしないだろう。

 だから、きっと僕はこれからもテキトーに冒険者ギルドで日銭を稼ぎ、テキトーにいい女を抱きながら怠惰な生活にあけくれていく。


 そう思っていた。


     ※


 ダンジョンというのは不思議なもので、ある時、急にその場にポッと出現する。

 もちろん、そんなに頻繁にそこかしこで出現するものではないし、逆に何の前触れもなく急に消滅することもある。

 一説によると、ダンジョンが出現するのは神の怒りが今もなおこの世界に歪みをもたらしているためということらしいのだが、実際のところはどうなのか分からないし、僕もあまり興味はない。

 とはいえ、ダンジョンが有害な存在であることくらいは僕だってちゃんと認識している。

 周囲の構造物を巻き込んで突如として顕現したダンジョンの内部には必ずコアと呼ばれる結晶体が存在するのだが、そのコアからは不思議な力で魔物が生み出され続けるのだ。

 そうやって生みだされ続けた魔物たちはやがて外界へと溢れ出し、近くを通りがかった人間を襲ったり、人里を襲撃したりするようになる。

 そうなる前に、コアを破壊してダンジョンから魔物が発生することを防ぐというのが冒険者に与えられたある種の至上命題だった。

 もっとも、今回のミノタウロス討伐というのは、少し特殊な依頼である。すでに攻略済みであったはずのダンジョンに再び新たなコアが発生して活動を再開してしまったため、コアの護り手であるミノタウロスを倒してダンジョンの活動を再び停止させてほしい――というものなのだ。

 困ったことに、ダンジョンはこうして活動を再開してしまうこともある。まあ、僕たち冒険者としては仕事にあぶれずに済むわけだから、ありがたい側面もあったりするのだが。


(確かこのダンジョンは三層構造だったかな。サクッと終わらせるか……)


 メイガスの街から西に進んだところにある森の中に、そのダンジョンはあった。

 巨木の虚から中に入れる構造になっていて、内部は木の根と土の壁で構成された洞穴のような構造をしている。

 実はこのダンジョンにはおよそ一年くらい前にも入ったことがあって、そのときは今回のミノタウロスよりもずっと強い魔物がコアの番人をしていた。


(白銀の魔狼フェンリル……そういや、最近あんま見ないな……)


 あのときは、そもそもコアの番人の魔物が何であるかさえ判明していなかった。

 コアの番人が分かるということは、少なくともそこまで辿り着いた上で無事に引き返せた調査隊であったり冒険者が存在するということだ。

 一年前の依頼は『新しいダンジョンが出現した。その活動を停止させよ』という実にシンプルなものだった。だが、けっきょくどの冒険者も果たすことができず、最終的にSランクの依頼に昇格した結果、僕のところにお鉢が回ってきたというわけである。

 そして、僕は最深部でフェンリルと呼ばれる討伐難度Sランクの魔物と相対したのだ。


(今の僕なら倒せたかな……いやでも、けっきょくアイツもどんどん強くなってるしな……)


 不覚ながら、当時の僕ではフェンリルを倒すことはできなかった。戦いの最中、無理やり隙をついてコアを破壊することでダンジョンの活動は停止させたが、フェンリルはそのままダンジョンの外に逃亡してしまったのだ。

 コアを破壊したからといって、そのコアから出てきた魔物が消滅するわけではない。

 いちおう、僕も責任を感じて当時はあとを追いかけたりもしたのだが、けっきょく人の足でどうにかなるレベルの魔物ではなかったので、素直に諦めることにした。別にフェンリルの討伐を依頼されていたわけでもないし。


(しばらく見ないけど、元気でやってんのかなぁ……)


 そんなふうに過去の思い出に浸りながらランタン片手にダンジョンを進んでいると、通路の先のほうに人型の魔物の姿が見えてきた。

 薄汚い灰緑色の肌にギョロリとした濁った瞳を持つその魔物は、ゴブリンと呼ばれる亜人型の低級魔物である。

 冒険者になったばかりの新米ならともかく、僕からすれば素手でも問題ないレベルの雑魚だ。ただ、素手で殴って手が汚れるのも嫌なので、僕は腰から長剣を抜き放つ。

 最近はレベルが上がりすぎて高ランクの魔物でも手応えを感じなくなってきたため、武器についても店売りの量産品で済ますことにしていた。

 昔は装備品にもそれなりにこだわりを持っていたのだが、汚れたり傷ついたりしたらその度に手入れやメンテナンスをしなくてはいけないのが面倒で、今はもうすべて手放してしまっている。

 どうせ僕にとってほとんどの魔物は雑魚なのだし、それなら量産品を使い捨てるくらいの感覚でいたほうがいろんな意味で便がいい。


「ゲギャッ!」


 ぼんやりとしていたら、ゴブリンがボロボロの手斧を片手に襲いかかってきた。

 僕はその鈍重な動きをすばやく躱すと、すれ違いざまに長剣でその胴体を斬り抜ける。

 まるで撫でるかのようなやんわりとした剣戟だが、それでも僕ほどのレベルであればその『影響力』は絶大だ。

 レベルは行動に対する『影響力』を数字の分だけ飛躍的に高める。僕が軽く放った一薙ぎでもゴブリンにとっては強烈な一閃に――。


「ゲギャギャッ!」

「……あれ? なんで?」


 思わず声を上げてしまった。

 やけに元気なその声に違和感を覚えて振り返ると、そこでは五体満足なゴブリンが怒りを露わにした様子で武器を掲げて地団駄を踏んでいたのだ。

 絶対に胴体から真っ二つになっていたと思っていたのに、ゴブリンの胴体には浅い切り傷がついているだけである。


「え? なに、君、実はすごいゴブリンだったりする?」

「ゲギャッ! ゲギャッ!」


 僕の言葉を理解してるのかしていないのかは分からないが、ゴブリンは手斧を振りまわしながら再び僕に襲いかかってきた。

 相手の攻撃は別に速くない。こちらの体だって普通に動く。無闇やたらと振りまわされる手斧の軌道を先読みして、僕はその内側に潜り込むように再びゴブリンの体を斬り抜ける。


「ゲギャギャギャッ!」

「……なんでぇ!?」


 今度はちゃんと力を込めて、しっかりと倒すつもりで振り抜いたつもりだった。しかし、でっぷりとしたゴブリンの腹部には新しい傷ができたものの、その分厚い表皮を切り裂くまでには至らなかったようである。

 おかしい。こんなの絶対におかしい。もしやコイツの表皮、ドラゴンなみに硬いのだろうか。


「くそっ! いいさ! それならトコトンやってやる!」

「ゲギャーッ!」


 何だか分からないが、このダンジョンは僕が思っているよりも恐ろしいことになっているのかもしれない。

 僕は嫌な予感に背筋が冷えるのを感じながらも、再びゴブリンに向かって長剣を構えた。


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