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第5話 母とおばあさん

また、時間ができましたので、

母のエッセイを書きに来ました。

母から聞いた話を、時系列にまとめずに書きますので、

それこそ雨粒がたくさん落ちてくるようで、

母の記憶が雨のように降る、

そんなエッセイになってしまっているなと思います。

雨というものは、ぽつりぽつりでも雨ですが、

私にそそがれた母の記憶は、本当に浴びるほどでした。

その中から、覚えている限り書き連ねていこうと思うのですが、

ひとつの題材について書こうとすると、

文字数がかなりの数になってしまって、

こちらの題材は別の機会にとなることが多々あります。

まだ話数は少ないのですが、

題材を削った数はそれなりにあります。

本当に、母に関してはたくさんの物語があります。

母という人は、戦後に生きた一人の女性ですが、

その一人の女性の中に、たくさんの物語を持っています。

波乱万丈と言えばそうかもしれません。

もしかしたら、母だけでなく、

みんな内側にたくさんの物語を持っているのかもしれません。

普通に生きてきたと思っている誰かの中にも、

たくさんの物語があるのかもしれません。

その物語は、どんなドラマや映画よりも、

ドラマチックなものであったりするのかもしれないと思うのです。

どこかですれ違った誰かの中にもたくさんの物語がある。

生きることはたくさんの物語を作ることであると思います。

物語ができるその営みを、人生などと言うのかもしれません。


さて、今回は、母とおばあさんについてです。

母がおばあさんを語るのは、多分母の父の方のおばあさんであると思います。

母の母の方のおばあさんについてはあまり語られませんが、

昭和の結婚は、生まれた家を出ることというのがあったのかもしれないと思います。

たとえば、少し古い物語ですと、実家に帰らせていただきますというのが、

離婚ギリギリであるというのがあったように思います。

母の母は生まれた家を出て嫁いだというのがあったのではないかと。

このあたりは私の憶測です。


話を母のおばあさんに戻しましょう。

母のおばあさんは、母が幼い頃には、いわゆる老人になっていまして、

母が小学校に出かける際には、

コタツに入ったまま、いってらっしゃいと言うだけのおばあさんであったと聞きます。

小学生の母は、おばあさんとはなんと楽でいいのだろうと思ったと聞きました。

私は今から寒い中スカートで小学校に行くけれど、

おばあさんはコタツに入ったままでいってらっしゃいと言うだけでいい。

私は早くおばあさんになって、

いってらっしゃいとコタツに入ったままで言う人生を送るんだと、

小学生の母は思ったそうです。

あれからかなりの年月が過ぎました。

現在の母はあの時のおばあさんの年齢を超えました。

母は今でもいってきますの人生だとぼやきます。

亡くした夫の位牌のあるお仏壇に手を合わせ、

いってきますという人生が続いているとぼやいています。

現在母は社長ではありますが、

今年の夏には社長を退く手続きが着々となされています。

会社が新社長体勢になりましたら、

母はいってらっしゃいの人生に今度こそなれるのかもしれません。

今は母に孫もいることですし、

コタツからいってらっしゃいが言えるかもしれません。

孫はそんな母を見て、

おばあちゃんは楽でいいなと思うかもしれません。

コタツからいってらっしゃいの人生が送れる日まで、

母には元気でいてほしいものです。


そのおばあさんは、母に言わせると、

孫を可愛がらないおばあさんであったと聞きました。

庭で母が遊んでいて、おばあさんが何か食べるのを目撃した母は、

庭からおばあさんのもとに走っていって、

今何か食べたでしょと問い詰めたと言います。

おばあさんは、その時口を閉じて、何を食べたか見せないようにしたと言います。

母も気が強いので、

口開けて見せてみなと言ったと言います。

おばあさんは根負けして、

棚にあるから食べなと言ったと言います。

この話を語る時に、母は、

孫には食べさせてあげたいと思うのが普通でしょと言います。

おばあさんになったら孫に食べさせたくなくなるのかと思ったけれど、

いざ孫ができたら美味しいものを食べさせてあげたいと思うと語ります。

貧しい家庭と、戦後という時代もあったのかもしれませんが、

母からは、孫を可愛がっていないおばあさんに見えていたようです。

幼い頃は時代のことなどよくわからず、

おばあさんのそういった事実だけが記憶されるのかもしれないと思います。

実際、母のおばあさんが孫をどう思っていたか、

もはや記録もないので、母の記憶だけが残ることになります。


母のおばあさんは、嫉妬深い性格であったらしいと聞きました。

母の母が、おばあさんの性格だけは似てほしくないとこぼしたほどであると、

母から聞きました。

母のおばあさんは、母のおじいさんが外に出ますと、

おじいさんが帰ってくるまで門のところで待っていたと。

また、おじいさんとおばあさんで近所を歩いていて、

おじいさんがご近所さんの奥様に挨拶されますと、

よその女に色目使って、と、怒ったと言います。

俺は挨拶もできないのかと、母のおじいさんは怒ったらしいです。

母のおじいさんと母のおばあさんに、

どんななれそめがあったかはわかりませんが、

母のおじいさんは幼い頃ははなたれ小僧であって、

母のおばあさんはとてもよくできた少女であったらしいと聞きました。

母のおばあさんは母のおじいさんを、

少し見下しているところから始まっていたのかもしれません。

それが結婚まで至るにあたり、

どんな心の変化があったかはわかりません。

母のおばあさんは母のおじいさんが、

よその女に目が移られるのを怖がっていたのかもしれません。

今となってはわかりません。

世代が変わっては、記録に残らないものは憶測しか書けません。

戦後間もない時代を生きた母のおばあさんがどんな思いをしていたか、

どんな物語を持っていたか、

誰かの記憶を頼りに書いて残すしかないのだろうなと思います。


この母のエッセイも、

戦後間もない時代から令和までを生きている、

一人の女性の物語であるとともに、

その時代を生きてきた誰かの物語でもあるし、

誰かの記憶に残って欲しいという、私の願いも込められています。


また、時間がありましたら、

母のエッセイを書きに来ます。


いずれまた。

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