また、時間がありましたので、
母のエッセイを書きに来ました。
今回は、母の生涯の親友についてです。
母には親友がいました。
小学生頃に、この子はずっと親友になるという直感があり、
相手もその直感があったと聞きます。
母と親友は小学生中学生、さらに学生をずっと過ぎても、
親友であり続けました。
魂で結ばれたとは、このようなことを指すのかもしれません。
母の旧姓には川があります。
親友の姓には山があります。
その姓を学校の先生まで混乱するほど、
ずっと一緒にいた仲だったと聞いています。
母の親友は成人したころから、
人工透析を受けるようになったと聞きます。
透析を受けなければ命にかかわると母から聞きました。
遠い旅行などはできないのかもしれません。
透析は、数日に一度、必ず受けないといけないと聞きます。
母の親友は、その透析を受け続け、
透析のための管の入口をあちこちに作り続け、ボロボロになっていたと聞きます。
それでも透析を受け続け、
70歳過ぎまで生きつづけました。
人工透析を続ける人への希望であったと、母は語っていました。
母の親友は、明日のことは誰にも分らないと言っていたと聞きました。
それは、人工透析で、いつ命にかかわるかもしれない彼女の、
ある種の悟りだったのかもしれません。
明日のことは誰にも分らない。
健康な人も突然亡くなるかもしれない。
人工透析を受け続ける彼女も、何かで亡くなってしまうかもしれない。
それでも、彼女は明日のことは誰にも分らないというのです。
その上で彼女は言うのです。
大丈夫よと。
母からこの話を聞いたときに、なんて強く生きた人だろうと思いました。
この語り口から察した方もおられるかもしれませんが、
母の親友は闘病の末に亡くなりました。
一年もしないほど前のことです。
母はとても落ち込みました。
一人目の夫も亡くした母です。
二人目の夫も亡くした母です。
その夫たちよりもずっと長く、魂で繋がっていた親友をなくすのは、
身を引き裂かれるような、
あるいは魂が失われるような喪失感があったかと思います。
母の魂は、そのときに大切な部分が失われたのかもしれません。
これほど大切な親友が亡くなったことを、
母はあまり語ってくれません。
ただ、あの人の大丈夫よがもう聞けないと言っていました。
あの人の大丈夫よは、本当に力になったのでしょう。
生きつづける力強さがあったのでしょう。
母の生きる気力になったのでしょう。
一人目の夫が亡くなった時も、
二人目の夫が亡くなった時も、
あるいは母が困ってしまったときも、
親友は大丈夫よと励ましてくれたのでしょう。
人工透析を何十年も受け続けて、
死と隣り合わせだった彼女の言葉です。
大丈夫よはそれだけの重みと力強さがあったのでしょう。
どれだけ母が勇気づけられていたかわかりません。
それだけの魂の親友を得られたということは幸せであったでしょうし、
失われたことは、とても悲しいことです。
悲しいという言葉で表し切れないほどです。
母と親友の間には、たくさんの思い出があったと思います。
私に語らないものもたくさんあったと思います。
母が死ぬまで持って行くものもあると思います。
それはすべて母の大切な記憶です。
無理に引き出すものではありません。
ただ、母が語りたいというのであれば、
私は母の思い出を聞いて、
このエッセイのシリーズで書くかもしれません。
親友の大丈夫よで、
母はどれだけ救われて来たでしょうか。
一人目の夫を亡くし、二人目の夫と結婚する時、
その親友に後押しされたことで、
母はどれほど心強くなったでしょうか。
大切な存在からの祝福で、母がどれほど喜んだでしょうか。
魂のつながりの親友という存在を、
私たちはどれほど得られることができるでしょうか。
母はその親友を見つけることができました。
その親友と、長く長く、心の支えにして生きてきました。
母もそうですが、親友の方もおそらくそうだったでしょう。
母に大丈夫よと言っていた彼女です。
それは自分にも言い聞かせていたのだろうと思います。
言い聞かせつつ、母に生きる希望を見出していたのだと思います。
憶測で申し訳ないのですが、
母が幸せであることで、
母の親友は幸せであったと思うのです。
母が幸せをつかむ道を、親友は指し示すことによって、
親友自身も幸せに生きられたと思うのです。
闘病の末に亡くなられた母の親友でしたが、
懸命に生きる母を見て、親友も生きようと思っていたと思うのです。
母は多分、母の親友の生きる希望でありました。
母が親友の大丈夫よに勇気づけられたように、
母が生きることで、親友を生かしていたのだと思います。
透析のつらさは想像を絶するものだと思います。
それを越えて生きようとし続けていたのは、
母とともに生きていたかったからだと思います。
魂で繋がった関係だと私は思います。
少しでも長く、ともに生きていたかったのだと思います。
人生というものは、何で死んでしまうかわかりません。
母の親友は、いつも死と隣り合わせにいました。
それでも生きようとしました。
魂が生きたいと叫んでいたのだと思います。
魂の片割れが生きている。
その片割れと少しでも長く生きていたい。
そう思ってしまうのは、小説書きの私の憶測かもしれません。
死んだ誰かが心に生き続けるとは、
慰めるためによく言われる言葉です。
しかし、母の魂に親友の魂は確かに息づいています。
それが、魂で結ばれた親友の形だと思うのです。
また、母のエッセイを書きに来ます。
いつになるかはわかりませんが、
題材はあるので、何かしら書きに来ます。
ではまたいずれ。