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第3話 母と家

今週も母のエッセイを書きに来ました。

今回は、母と家について書きたいと思います。


母の生まれ育った実家が貧しいことは書きました。

米屋を営んでいましたが、経営が傾いてきて、

母が物心つくころには貧乏だったと聞いています。

米屋をやっていたほどでしたから、

店や家はそれなりに大きかったのかもしれませんが、

それを直す費用がないほどであったと聞きました。

母の実家はどんどんボロボロになって行ったと聞きました。


母が幼い頃には経営が傾いていた米屋は、

しばらくしたら店じまいして、

母の母がリアカーを引いて行商に出かけ、

母の母は喘息を拗らせて、母が高校生の頃には亡くなったと聞いています。

もっと裕福な家で、ちゃんとしたきれいな家だったら、

母の母は喘息も治って長生きしていたかもしれないとは、

母がぽつりと漏らしていました。


母も、母の姉も、また、母の実家に連なる女性もいたらしいのですが、

そのボロボロの実家から出た女性たちは、

実家がここだとは言えなかったそうです。

女性陣は、それなりに大人になって、お付き合いをする人ができても、

ここが私の実家ですとは、正直に言えなかったようです。

それほどボロボロの実家だったようです。

たとえば、恋人とデートをして送っていくよという時に、

このあたりでいいわ、などと、

わざと違うあたりで、送ってもらうのを止めてもらって、

実家がバレないようにしていたようです。

また、どの家に住んでいるのと聞かれると、

あのあたりの家などと、

全然別の方を指さしていたりしたとか。

それほど女性陣にとっては、恥ずかしいほどボロボロの実家だったようです。


天気は母たちがある程度成長してからあったと聞きました。

語り口から察するに、多分母が一人目の夫と結婚した後のことだったと思います。

ボロボロの実家の屋根がとうとう腐って落ちました。

母の下の弟がその中で寝ていたというので、

母の上の弟が大変だと叫んだと言います。

母の下の弟は別の場所にいて無事で、

とにかく実家がのっぴきならないほどダメだということになりました。

これは壊して建て直すしかない。

実家に連なる親戚もみんな、納得して、

それ壊せとボコボコに壊したようでした。

多分、隠していたかった実家が、

ようやくこれでなくなるというのもあったのかと、

私は憶測します。


母の弟たちと、母の父は、

長屋のようなところでお金をためて、

母の実家は新しくなりました。

その新しくなった実家で、

母の親戚たちは新年になるとよく集まって、

たくさんの料理で大騒ぎをしていました。

私は母の実家が新しくなってからのことしか知らないので、

新年と言うと広いお家でたくさんの料理と、

よく笑う人たちがいるとしか覚えていません。

母たちはとても貧乏をしたと聞いていますので、

今思えば、ちゃんと新年を祝うというのは、

母の親戚の皆さんにとって、

きれいな広いお家でたくさんの料理を囲んで、

楽しい話をたくさんすることだったのかもしれません。

隠したいほどのボロボロの家ではなくて、

ちゃんとしたお家でみんなで集まって笑う。

母をはじめとした、みんなの願いの詰まったお家だったのかもしれません。


母の実家は、母の弟さんたちと、母の父が住んでいましたが、

みんな亡くなってしまいました。

母の下の弟さんには、奥さんがいましたので、

実家を継ぐ人がいなくなった時点で、

実家を壊して、広い土地は分譲して、

売りに出したと聞きました。

母の実家はなくなってしまいました。

隠したい実家もなくなってしまいました。

みんなが集まって笑いあった実家もなくなってしまいました。

それでも、母の中では最初の家は実家であったのでしょうし、

貧乏をしたと聞きましたが、

記憶にはきっと、実家があり続けるのだと思います。


女性というものは、結婚すると実家を離れることが多いです。

母の時代であればその傾向はもっと顕著だったと思います。

実家を出て行き、嫁ぎ先の家で暮らし、

母の場合ですと、一人目の夫が亡くなってから二人目の夫と結婚した時点で、

また、嫁いだ先の家へと引っ越します。

母はどんなところでも強く生きてきたイメージがありましたが、

生まれ育った場所がないという不安定さは、

どこかにあったのかもしれません。

その不安定さを安定させてくれていたのが、

実家の周りでともに貧しい暮らしをしてきた、

親戚の皆さんであったり、

なにより、実家で苦楽を共にしてきた家族であっただろうなと思います。

娘の私などは、母の歴史の中ではポッと出です。

話に聞いているだけで相当な苦労をしてきた母の歴史の中で、

母の土台を支えてくれたのは、

幼い頃からの縁であっただろうなと思います。

どんなところでも強く生きる母は、

この絆が育んだのだと思います。


今、母は一人暮らしをしています。

母の二人目の夫が残した家です。

そこに私たち娘や、その配偶者、そして母にとっての孫が訪れ、

母はその中心で笑っています。

ここが母にとっての居心地のいい家であり続けて欲しいと願います。


また、時間がありましたら、

母についてのエッセイを書きに来ます。

いつになるかはわかりませんが、

ゆるりと待っていてください。


ではまたいずれ。


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