「引っ叩いてやりましょうよ」
そう言って立ち上がり、灯りの紐を二度引いて豆電球に変えた。
「ど――どうしたんです? 急に電気消したりして……」
しー、と口の前に指を立てると、再び喜多からメールが届いた。素早く確認し、ガラケーを閉じて立ち上がる。
「少しこのまま、そこに居て下さい」
不審がるカオルさんをそのままにして、引き戸を開け放したままで台所に出る。
上手くいけば良いんだが。
喜多からのメールは、
一つ前のメールは起きているのを悟られないよう電気を消せって内容だった。
そして今届いたメール。
『狙いは野々花。玄関前に熊二、他に三人。三人の方は任せろ』
さすが喜多だ。裏の顔の喜多はただの不動産屋をさせるには勿体ないな。
かちゃかちゃと何かを弄る音に続き、かちり、と玄関ドアの鍵が開けられる小さな音がした。
ゆっくりと開くドア。その隙間から細く入ってくる仄かな街灯の光が誰かの体を浮き上がらせる。
音もなくそれに忍び寄り、隙間から手を差し入れて有無も言わさず喉を摘んだ。
「――っ!? ――――っ!」
心配するな、軽く気道を潰してやっただけ。完全には塞いでない。じきに戻る。
「店長? だ――誰か、いるんですか?」
豆電球の弱い灯りの下、カオルさんが引き戸の影からこちらを伺っている。
ひゅうひゅうと苦しそうに喉の奥を鳴らす熊二の肩を力強く掴み、腕の付け根と肩の骨を軽く外してやった。
喉が潰れて出したくても出せない絶叫をその表情に貼り付けた熊二を、首根っこを掴んでそのまま中に引き入れ扉を閉めた。
窓の外では喜多と残りの連中が揉み合う音が聞こえるが、とりあえず無視だ。
「カオルさん。引っ叩いてやりましょう。カオルさんのこれからの為にも」
「……ひっ――」
小さく息を飲んだカオルさんが後退り、卓袱台に膝裏をぶつけてそのまま上に座っちまったらしい。
ちょっと難しいかとは思っちゃいたが、さすがに無理があったか……
ドアの外の声に対し、室内には熊二が唸る声と過呼吸気味のカオルさんの呼吸音だけが小さく響く。
ひっ、ひっ、と息を吸うカオルさんは卓袱台に座ったまま。けれどどうやら、その指にビールの缶が触れ、危うく倒しそうになったのを慌てて止めたらしい。
「何があっても私が守りますから。野々花さんの為にも。カオルさ――」
――ん? ゴクゴクと……喉を鳴らす音?
カオルさん?
もしかして……ビール、飲んでるんですか?
かんっ、と
「ゆ――
のそりと、台所に足を踏み入れるカオルさんが辿々しく言った。良いぞ。
「あたしは! 野々花のママで!」
据わった目のカオルさんが近づいてくる。迫力ある。
「ロケットベーカリーのカオルさんなの!」
右手を高く振り上げたカオルさんが続ける。
「さよなら熊一さん!」
ばちぃぃん! と熊二の頬で派手な音が響き渡った――
主には肩の激痛の方が原因だろうが、白目を剥いて崩れ落ちた熊二をドアの外へ放り捨て、床にぺたんと座ったカオルさんへ腰を落として視線を合わせた。
「ゲンゾウさん……見てて、くれました?」
「良い平手打ちでした。カオルさん、やってやりましたね」
ぐっ、とガッツポーズを作ったカオルさんが『にへら』と笑った。最高に可愛い。好きだ。
達成感からか、ビールを一気に呷ったせいか、そのまままた寝ちまいそうだったカオルさんを支えて抱え上げた。
「おうおう。お姫様抱っこたぁ、ゲンちゃんもやるもんだねこりゃ」
「いらんこと言うな。そっちはどうだ?」
「ふん、ばっちりに決まってんじゃん。俺を誰だと思ってんだ」
カオルさんを抱えたままで、ドアから顔を覗かせた喜多へ視線を投げた。
「ぷっ。なに殴られてんだ。綺麗なハンサムさまが台無しじゃないか」
「だってしょうがないじゃねえの! 俺は荒事担当じゃねんだからよ!」
右目の周り、マンガみたいに青痣つくってやがった。
うっかり笑っちまったが、荒事担当じゃないのに体張ってくれたんだよな。私たちのために。
ありがとよ、相棒。