「おい喜多。今更ってどういう意味だ?」
あっちゃ〜、って顔をしてやがるが、なんだ? いつもの軽口じゃないのか?
「いや、待てゲンちゃん。まずは今夜の殺しが無くなった事から説明する」
話を逸らそうとする辺りが胡散臭いな。
「それでも良いが、今更、についてはしっかり説明してもらうぞ」
苦虫を噛み潰したような顔の喜多。珍しいな、いつもすました顔のイケメン様がよ。
「なんだ? そんなに言いにくい事なのか?」
「ん〜〜! 言いにくいっちゃあ言いにくいし! そんなでもないと言えばそんなでもない!」
「なら言え。楽になるぞ」
ん〜! っと唸りながらギュッと目を瞑った喜多だったが、観念したのかカッと目を開いて言ってのけた。
「ゲンちゃん、オメエ………………実はもう殺し屋じゃねぇんだわ。二ヶ月ぐらい前から」
…………?
ちっとも意味がわからないが……
私が……殺し屋じゃ……ない?
「梅雨頃、
「…………
「あぁ、それ以来オメエは殺し屋じゃない。元殺し屋だ」
私は五歳の頃、父親を殺された。
クソみたいな父親だった。母親の事は全く知らない。
アパートの小さな部屋。腹が減って腹が減って死にそうな毎日だったあの頃、父にぶん殴られては蹲って泣いていた。
その日、チンピラだった父は殺し屋に殺された。依頼人が誰かは知らない。それこそカオルさんの元旦那のようにヤクザだったかも知れない。
その父を殺した殺し屋――それが劣才さんだった。
喜多の父親、劣才さん。もちろん本名ではない。雅号だそうだが本名は知らない。
その劣才さんに私は拾われ、殺し屋として仕込まれ、さらには副業を考えろと言われ、パン屋を選んだ私は粉やオーブンを買い与えてもらった。
殺し屋として仕事をしてもうかれこれ二十年は経つ。パン屋よりも長い。その私が、もう殺し屋じゃない? 意味がわからない。
「オヤジの遺言、『組織の者のうち、殺しから離れられそうな奴には足を洗わせろ。但しゲンゾウに限っては絶対だ』だと」
なぜ……? なぜ私だけ絶対なんだ?
「ゲンちゃんの事はずっと気掛かりだったらしい。
劣才さん……。私は……そんな、謝らないで下さいよ。
「墓はどこだ?」
「ない」
「は? ないって事はないだろう」
「ねえよ。海に撒けってんだからそれに従ったよ。一応調べたらそれ専門の業者あんだぜ。びっくりだよな」
それも確かにびっくりだが、劣才さんらしいか。
……あ、――そうか。
「オマエがバタついてた頃があったが、その辺りの後始末だったんだな」
「そういうことだ。そんで急に暇んなったのは、組織の方はあらかた解散したからだ」
「解散……?」
「そう、解散」
「不動産屋は?」
「そっちはやってるよ。足洗わせた連中で副業ないヤツも入れたから稼がなきゃなんねぇんだ。俺はまぁ、サボりまくってるけどよ」
そうか。こうやって聞くと……色々としっくりくるな。
「『俺らみたいなもんに普通の家庭なんて持てねえ』覚えてるか?」
「あぁ、覚えてる。カラオケデブ
「千地球のママとイートインで何やら相談してたのは?」
「覚えてるよ。ありゃオヤジの遺言聞いた後だ」
すっかりしっくり来た。
いつだったか私の部屋で喜多が酔っ払って潰れた日があったが、あれが四十九日だか散骨だかの頃なんだろう。
「そうか。劣才さんが……もう居ないのか……」
「まぁ元気に死んでったぜ。殺されたわけでもねえ、ちゃんと病院のベッドの上、病気で死んだしな」
そう言った喜多は、自販機の前に落ちてた空き缶を拾いあげ――
「だからよ、今更ゲンちゃんに殺し頼みたくなかったんだ」
――それをゴミ箱に捨てようとしたがいっぱいだったらしく元の場所に戻してそう続けた。