「店長、店長」
「なに? どうしたのタカオくん」
明けて日曜、昼ピーク前のロケットベーカリーだ。ちなみに朝一番にやってきた千地球のママは
「なんか凛子姉ちゃんおかしくないっすか?」
「そう? いつもあんな感じじゃない?」
そうは言ったものの、やはりいつもと雰囲気が違う。
いつも通りに私たちと話す時は『っす』だし、お客と話す時は『ですわ』なのは変わらないけど、どこかやっぱり違う。
全体的になんだか明るいんだ。
昨日あんな事になってしまったから沈んでるかと思ったんだが……でもまぁ、ちょっとホッとしたのが正直なところだ。
「凛子姉ちゃん、なんか良い事でもあった?」
おい、直球だなタカオくん。知らないだろうがセンシティブなとこだぞ。
「おう、あったあった」
「なになに? 彼氏でもできた?」
「逆だバカ。フラれちまったんだよ、店長に」
「えっ! マジで!?」
おぉぃ、凛子ちゃんもド直球で言うんだソレ……。
タカオくんの視線が私と凛子ちゃんを行ったり来たりでめちゃくちゃ忙しそうだぞ。
「おぅ、マジだ」
「なんでそれで嬉しそうなん?」
「そりゃ嬉しいだろ。店長の想い人はカオル先輩。オレは店長もカオル先輩も大好きだからな!」
「かっけーよ凛子姉ちゃん!」
……かっけーか? いや、そうだな、かっけーな。
「昨日も言ったけど、応援してるぜ店長!」
私に指鉄砲を構え、ばきゅーん、と撃ちながらそう言ってくれた。
ちゃんと考えなきゃな、自分のこと、カオルさんのこと。
けど、今夜も『殺し』になるかも知れないってのに、私はそんなこと考えて良いのか?
凛子ちゃん達も帰って店の掃除中。
ロケットベーカリーの電話が鳴り響いた。
「もしもし? こちらロケットベーカリーです」
『よおゲンちゃん、単刀直入に言うぞ』
「なんだ喜多か。どうした?」
『繋がった。今夜の殺しは
「なにか分かったのか?」
『いま運転中。そっち向かってるから詳細はあとだ』
ぷつっ、とそれだけ言って切りやがった。
この間言ってた『なんとなく繋がってきた』ってやつか。
そうか……今夜の殺しは無しか……
そう思うと急に腹が減ってきた。どうやら肩に力が入ってたらしい。久しぶりだったからかな。
ちらりと時計を見ると七時。何時頃になるかくらい聞けば良かったな……でも、まぁまだ掛かるだろう。
いつもの定食屋で晩めし済ませておくか。
頼んだのは『ムシャムシャ定食』という名の日替り定食。本日のメインは塩サバだ。
そのご飯大盛りをむしゃむしゃ食べていたら、がらりと入り口が開いていきなり凄まれた。
「なぁにやってんだゲンちゃんよぉぉ!」
「よぉ喜多、早いじゃないか。よく分かったなここだって」
商店街にある行きつけの『定食かりくら』。もちろん狩倉さんが店主だ。
「せめてケータイ持ってけよゲンちゃんよぉ!」
ん――? 尻ポケットを探ってみても、確かに自慢のガラケーはそこにない。
「あ、悪い。バックヤードに置きっぱなしらしい」
「そうだろうよ! さっきから何回も掛けたもんよ!」
これと同じのもうひとつ、狩倉さんの奥さんにそう伝え、喜多が私の対面に座った。
「こっちは隣県から車ころがして帰ってきてんのによ、ゲンちゃんは塩サバ定食かよ!」
「美味いぞ、これ」
「おお、見るからに美味そうだよなそれ。俺も早く食いたい、腹ペコなんだ」
さすが定食かりくら、速やかに喜多の
喜多がそれを嬉しそうに頬張る。
「うんめ〜! 日本人に産まれて良かったって思わねえゲンちゃんよぉ!?」
「めちゃくちゃ思う」
「かりくらムシャは最高だぜホント!」
定食かりくらのムシャムシャ定食をそんな風に略すのはオマエだけだぞ。
「それで? どうして今夜の殺しは無くなったんだ?」
定食かりくらからの帰り道、人通りの少なくなった商店街を歩きながら聞いてみた。
「どうって、ひと言じゃ難しいな。けどよ、ホッとしたぜ」
「ホッと?」
「おぅよ。
「……ん? 今更、ってどういう意味だ?」
「あ……しまった……」
……ん? なんかあんのか?