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第41話 「Mail《メール》」


 早く帰れ早く帰れ――


 幾人かのお客をさばきながらそう念じて七、八分。

 美横みよこ 熊一ゆういちによく似た男は突然立ち上がって言った。


「ごっそさん。コーヒーはともかくパンは旨かったぜおっさん」


 パン屋であってコーヒー屋じゃあないからな。それで良いんだ。


「それは良かった。どこのパン屋のもベーコンエピは美味しいですよ。食べ比べてみるのも楽しいかと」


 暗に、ウチにはもう来るな、という気持ちを込めてそう言うが、本当に来ないで欲しくてもなかなかそうは言えないな。


「ふーん。知り合いに会いにきたんだけど見つからなくってよ。しばらくはこの街にいるからまた来る」


 コーヒーの紙カップを私に手渡し、そしてからんころんとドアベルを鳴らした。男はジーンズの尻ポッケに突っ込んだ片手を上げ、背中越しに私へ手を振り店を出て行った。


 チャラいだけじゃない、気障キザなとこもあるらしい。


 しかし参った。

 しばらくこの街にいる、また来る、どっちも困るぞ。


 カオルさんは前の旦那・美横みよこ 熊一ゆういちに怯えている。恐らくは野々花さんも。

 実際には死んでいるから特に問題ないんだが、今の男はマズい。


 親族か、ただ似ているだけか、そんな事はどうでも良い。ただただカオルさん親子が平和に暮らせればそれで良いんだ。だからもう来るな。


「ただいま戻りましたー!」

「おかえりなさい、カオルさん」


「今日もマスター特製ナポリタンは美味しいですよ〜」


 にっこり笑顔でそう言うカオルさんからナポリタンを受け取る。やはりこのカオルさんの笑顔を私は守りたい。


「じゃあ奥でちゃちゃっと頂きますんでカウンターお願いします」

「かしこまりーん♪」


 二人っきりもやっぱり良いな。

 バックヤードの小さな丸椅子に座り、ラップを外してナポリタンを食べる。うん、旨い。やはりナポリタンは千地球のマスターのナポリタンが最高だ。


 ややこしい味付けなんて恐らく何もしてない。

 いや、少し和の風味……これは……砂糖と醤油か……やるなぁマスター。


 マスターのナポリタンを堪能するのも良いが、ひとつやっておかなきゃな。


 ナポリタンの皿を膝に乗せ、自慢のガラケーを手に取り開く。三つしかない連絡先から喜多を選び、メールの文面を作る。


 『美横によく似た男が店に来』


 くそっ、また途中で送ってしまった。


 『た。』


 ……続きを新たに送ったが、これでは店に来たことが伝わらないか?


 『喜多』


 あっ、くそ、予測変換とか面倒な機能のせいで。


 『きた』


 ……まぁ、これで伝わるだろう。


「店長ー! ポテマヨとソーセージ、完売でーす!」


 はーい! とカオルさんに返事を返し、慌ててナポリタンを口に詰める。

 美横に似た男は買わなかったが、どちらも夕方ピークで良く出るパンだ。

 今のうちに焼いておかなくちゃな。

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