三十ほどの、どこかで見たようなチャラけた雰囲気の男。
タレ目にやや長いボサっとした髪、まさに蓬髪ってヤツだが不思議とこれがオシャレなんだろうな。
「いらっしゃいませ」
特に私の声に反応はない。常連ならともかくこれは大抵どのお客もそうだ。
蓬髪の男はくるりとパンの棚をひと回りし、ん? と首を捻ってもうひと回り。
その回る姿が少し
「ねぇおっさん、サンドイッチとかないの?」
「あぁ、すみません。ウチには置いてないんですよ。少し行った千地球って喫茶店で――」
「じゃカレーパンは?」
「ごめんなさい、それも作ってないんです」
少し驚いた顔で男が続ける。
「売り切れたんじゃなくて作ってないの? なんで?」
「いや、なんでって言われても……手間だからとしか……」
正直に言ってしまって少し後悔した。
もっとこう、本格パンの店だから、だとか
「手間って! そんなんで商売出来んのかよおっさん! 客も全然居ねえしよぉ!」
うん、まぁ、確かに一理ある。今お客はこの男だけだしな。
「お陰さまでなんとかやってけてますよ」
私なりのにっこり笑顔で言ってみれば、毒気を抜かれたのか男はため息と共に再びパンの物色を始めた。
そしてトングで取り上げたのは一つのパン。
ソーセージパンかポテマヨ辺りの惣菜パンに手を伸ばすかと思ったが、男が取り上げたのはベーコンエピ。良い趣味してる。
いや決してポテマヨパンたちだって悪いわけじゃない。ただ私がエピ好きってだけだ。
「じゃあもうこれで良いや」
男からトレイを受け取りレジを
「毎度ありがとうございます」
「へっ、毎度なんて来てねえよ。あ、ここで食ってっても良いの?」
男がイートインを指差して言う。
「構いませんよ。
「おっさん、強がんなって」
いやホントにさっきまでめちゃくちゃ忙しかったんだってば、なんて言ったところで信じないんだろうな。
「コーヒーでも淹れましょうか?」
ちらりとメニューで料金を確認した男が言う。
「あー……今あんま金持ってないんだ」
「初回来店のサービスって事にしますよ」
「なら遠慮なく」
カオルさんの薄くて美味しいコーヒーでなくてすまんな。
コーヒーを淹れながら視界の端っこで男を見遣る。うーん、どこかで見た様な……いや、違うな、誰かに似てるんだ。
もし本人なら少々人相が変わろうが私には分かる。目もなかなか良いから。
「どうぞごゆっくり。と言っても忙しくなる前までですけど」
「また強がってら」
にこりと微笑んだつもりの私は振り向きカウンターへ戻る。
至近で話して確信した。これはマズい。マズい気がする。いや、間違いなくマズい。
カオルさんの元旦那、
当然本人ではない。喜多に見せられた写真よりもややタレ目がち、ほんの少しだがな。
……加齢によるタレ目、なんてことは……いや、ないな。まだ若い、四年かそこらでそんな変わらんだろう。
それに、喜多を信じれば美横は死んだはずだ。
ヤクザから喜多に問い合わせがあったらしいが、実際に美横が死んでいるのかどうか、この男が親戚かなにかかどうか、そんな事はぶっちゃけどうでも良い。
私は隣県のヤクザの組の名前さえ知らないんだ。
しかしカオルさんはそんな事ないだろう。
この男を目にしただけで昔を思い出して怯えることになるだろう。
ちらりと時計を見る。カオルさんが戻るまでせいぜい二〇分。
会わせる訳にはいかないが……慌てて追い出すのも違う。どうするか……
「おっさん! 旨いなコレ! なんつったっけ? この硬いパン」
「ベーコンエピですよ」
「エピ……? エピってなに?」
「麦の穂って意味です。フランス語で」
「フランス語? ベーコンは英語なんじゃねぇの? 変なの」
……言われてみれば変だ。疑問に思った事もなかった……
って違う違う。感心させられてる場合じゃないんだ。