「なんと言ってもこの私の――プロのパン屋のロールパン――」
そう言った
「――じゃねえぞゲンちゃん!」
うほうほの必要はない。すでに今日の営業は終わって二階の自室だからだ。
「なに言ってる。私は間違いなくプロのパン屋だぞ?」
「そりゃ分かってるよ。もう一つのプロの方が最近
オマエほんとどうしたんだ? 一口も飲んでない内からもう酔ってんのか?
「疎かも何も……オマエが依頼を持って来ないことには始まらないんだが?」
…………やや長めの沈黙。
「……分かってんだけどよぉ、なんかどうにもしっくり来ねえんだよ」
ほんとに珍しいな。コイツが殺しの下準備で自信のなさを表に出すのは。
「こないだ言ってたやつか。もうちょっと
「あぁ、まぁそうなんだけどよ。どうも俺の直感が――喜多ンピューターがしっくりこねえんだ」
語感最悪だなそれ。
「どうしっくり来ないんだ? ちょっと簡単に説明してみろ」
「そうややこしいもんじゃないんだがな――――」
――喜多の説明を纏めるとだ。
ヤクザの
そんな事は自分とこでやれってのが一つ、なにも高い金払ってまで殺さなくってもいくらでもやり様はあるってのがもう一つ。
さらにだ――
場所は隣県、依頼元は
そう。
あの、四年前の隣県での殺し――カオルさんの元旦那も含む数人を仕留めた依頼と同じヤクザらしい。
「まぁ俺が引っ掛かってんのはそれだけじゃねぇんだが……もうそれほど裏取りする余裕もねえのが実際のとこだ」
「ってことは?」
「今週中に済ませろだとよ。ゲンちゃんも仕込みがあるだろうし――日曜の深夜に決行、でどうだ?」
「構わない。オマエのお膳立てに従うさ」
打っちゃれない何かがあるんだろ? ならまぁ、私はなにも考えずに殺すだけだ。
八月頭の日曜深夜。
月曜の午前だけはパン屋の仕事は休むから正直助かる。
「ところで喜多」
「なんだゲンちゃん」
「明日も来れるのか?」
「明日……? なんで? なんかあったか?」
開けただけで放っておいたビールの缶に口を付ける喜多へと言い放つ。
「明日は木曜だぞ! 午後だけでも野々花さんを図書館へ連れて行ってくれる様に頼んだだろう!?」
喜多は傾け始めていた缶を、何か怪しげな動きの下顎が止まったのちに垂直に戻して卓袱台に立てた。
「と――当然覚えてんよ! 来れるに決まってっし! 当たり前ジャン!」
オマエ、普段と口調が変わってるぞ。
「でも用事を思い出したからこれゲンちゃん飲んでくれ。口つけただけだし」
「嘘つけ。口に含んだビール押し戻しただろ」
――ソウイウ事ダカラ! マタ明日!
なぜかカタコトで言い捨てて喜多が慌てて出て行った。
私は溜め息ひとつと共に立ち上がり、喜多が残したビールを持ってシンクへ向かった。
溜め息の理由は、現状で私の頭を最も悩ませること。
喜多が口から戻したビールをシンクに流して蛇口を捻る。
「凛子ちゃんの事も喜多に相談したかったんだが……また今度だな」