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第37話 「Professional《プロ》」


「な――なんですかあなたは!? 僕は野々花に用があるだけです!」


 大人げなく詰め寄った喜多に時生くんは毅然とした態度で言ってのけたが、そんな言葉を考慮する喜多じゃあない。


「うるせえ! 野々が困ってんのが分かんねえのかバカ野郎!」


 ぺんっ、と時生くんの頭をはたいてそう言った。

 バカはお前だ。このご時世に手を出すな。出すならせめて店の外でやってくれ。


「叩いたな!? あなたも社会的に――」


 あなたも――ってもしかして私もか!?


 ――と、思ったのも束の間。

 やんわりそれをたしなめてくれるカオルさん。さすが一児の母は違う。


「そんなこと言っちゃダメよ。喜多さんも店長も野々花の為に骨折ってくれてるんだから」


 めっ、と言わんばかりに指を立てたカオルさんが反対の手を腰にやり言ってくれた。

 ……ちょっとだけ、私もそんなして怒られてみたいと思ったのはここだけの秘密だ。


「店長戻りました〜! 店長と野々のサンドイッチここ置きますね」


 てきぱきと手を洗い、エプロンを結んでキャップを被ってカウンターに立つ。そしてカオルさんが厨房を振り向き言った。


「それで野々のパン焼けたんですか?」

「焼けましたよ。暇なうちにみんなで食べましょっか」


 野々花さんが少し表情を歪めたが、口を真一文字に惹き結んで頷いた。覚悟が決まったらしい。


 それで良い。パン屋に限らないとは思うが、自分が失敗したパンは自分で食わなくっちゃパンが可哀想だからな。


「おぅなんでぇ! 充分旨そうじゃねえか!」


 野々花さんと私、さらにカオルさん、喜多。加えて時生くんにも。

 それぞれ一つずつのロールパン。


「おいゲンゾウ、なんでコイツにも食わせてやんだよ」

「オマエがどうこう言うものじゃない。野々花さんがそう決めたんだ」


 時生くんが、はっ、と野々花さんの顔を見、そして何かに気付いたらしく私へ視線を向けた。

 さすがに気付いたか。自分の娘に「さん」付けする父親はあんまりいないもんな。


「さ、お客が見える前に」


 私の声をきっかけに、みんながぱくりとロールパンを齧る。


「あ……」「……はぁ」


 カオルさんと野々花さんだ。

 カオルさんは顔を曇らせ、そして野々花さんは肩を落とした。

 が――


「旨えぞ野々!」「美味しいよ野々花!」


 喜多と時生くんだ。

 の良いリアクションをしてくれた。たまたま二人がいる時で良かったよ。


「ウソ! だって……昨日より全然――」


「なに言ってんだ全然旨えって。なぁ、時生」

「うん、とっても美味しい。ホントに野々花が焼いたの?」


 喜多たちの言葉に首を捻ったのは野々花さんとカオルさん。

 二人は不思議そうな顔を私に向けた。


「そりゃそうですよ。小学生が焼いたパンとしちゃ十二分に美味しいんですから」


 顔を見合わせる二人。


「昨日と較べるのが間違いなんですよ。なんと言っても昨日のロールパンはこの私の――プロのパン屋のロールパン並みだったんですから」




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