「粗熱が取れたら試食してみよう。そうは言ってもそこまで悪くはないと思うよ」
「……ホントですか? でもどう見ても昨日のより……」
……まぁ、確かにそうだ。ふんわり綺麗に膨らんだ昨日のに比べれば明らかにボリュームが足りないのは否めない。
「昨日のと比べればそうだけど、アレは売り物に出来るくらいの出来栄えだったからね」
売り物に出来る、私のその言葉を聞いた野々花さんは少しはにかんで、そして再び今日のロールパンに目をやり今度は少し肩を落とした。
百パーセント私の監修だったとは言え、昨日のパンも焼いたのは野々花さんだ。自信を持ってくれて良いと思うんだがな。
「一つ質問良いですか?」
「いくつでも大丈夫だよ」
「粗熱を取る、って言ったけど焼き立ての方が
やっぱり賢い――けど……と言うより『良い勘してる』がしっくり来るな。
「鋭い。ほんとその通りなんだよ、このパンに
「……どういう事ですか?」
「焼き立てパンが美味しい、ってよく言うけどアレ実際には、『
……? ってな顔で首を傾げる野々花さんがとても可愛い。それをカウンターから見た時生くんが悶絶してるぐらいだ。
「
少々じゃない、大々に失敗したパンはどうやったって不味いけどな。
「でも、だったら……」
「分かるよ。けど――――今日はさ、実際のところ失敗して貰おうと思ってたんだ」
「……え――?」
これは私の持論であって、よそのパン屋が聞いたら否定するかも知れないが。
「手捏ねパンのコツは、何度も焼いて何度も失敗することなんだ」
「……失敗……を次に生かす、って事ですか?」
まさにその通り。ほんとに賢い子だなぁ。
「そう。焼くのを失敗したことないパン屋なんて、世界中に一人もいない――というより美味しいパン屋ほど失敗してる。断言しても良い」
斯く言う私も新作パンでは失敗続きだからな。
ビシッと私の名台詞が決まったその時、からんころんとドアベルが鳴って賑やかな声が店に響いた。
「千地球でカオルちゃんから聞いたぞ! 焼けたかよ野々のパン!」
勢いよく入ってきた喜多に続いてカオルさんも顔を覗かせ、店内を見ておやっ? と首を傾げ――
「いらっしゃいませこんにち――は? お客様……かしら?」
――興味深げに厨房を覗く時生くんにそう声を掛けた。放ったらかしですまんな時生くん。
「あ! こいつだ時生ってやつ!」
どうやら喜多は時生くんの顔まで知ってたらしい。さすが喜多ってなところか。
「てめえよくここに顔出せたなぁ!? えぇ、おぃ? このやろう、ただじゃおかねぇぞ!?」
いきなり小学生に凄む喜多。これもまたさすが喜多ってやつだな。