オーブンが焼き上がりを知らせる音を知らせる。
それと同時に野々花さんが嬉しそうな顔をこちらに向けた。
「店長さ……え、時生くん? なんでここに!?」
「野々花! 安心しろ、僕が来たからにはもう――」
それを遮って野々花さん。
「店長さん! そんな事よりパン! 焼けました!」
「そ、そんな事――!?」
うーん、なんだか複雑だけど、とりあえずお客でもないみたいだしトキオ君は少し放っておくか。
「開けるからちょっと待ってね」
「はい! 今日のも美味しく焼けてるかな!?」
カウンターの向こうで何か言いたそうにあうあう言ってるトキオ君が少し不憫だが、他人の私があまり首を突っ込むのもよくないだろう。だからやっぱり放っておく。
オーブンの取手を引き、野々花さんのロールパンを天板ごと引き抜きベーカリーラックへセットする。
香りは特に問題ないが……
「ふわぁぁああ――あれ?」
野々花さんも一目で気がついたらしい。
昨日のに比べて、明らかに膨らみが足りない事に。
「こ――これ、なんで? わたし、昨日とおんなじ様に……」
な、なんて悲しそうな瞳でオジサンを見詰めるんだ…………
これは、失敗だったか……
「ごめん! 実はこうなるの分かってたんだ!」
ぱんっ、と両手を合わせてひたすらに頭を下げる。これはもう謝るしかない。
「どういう事ですか? わたし、どこか間違えてましたか!?」
「いや、私もまさか
不意にからんころんと鳴るドアベル。
こういう時に私のフットワークは
「あ、いらっしゃいませこんにちはー!」
速やかに軽やかに、手を洗ってカウンターへ出る野々花さん。さすがカオルさんの娘だ。
しかもレジも袋詰めも完璧……正式に雇えるレベルだぞこれは。
そして厨房に戻った野々花さんが私に詰め寄る。
「説明して下さい店長さん!」
怒って……いるわけではない様――だ?
「怒ってないの?」
「怒ってません。ホントはちょっと怒ってましたけど、失敗したのは別に店長さんのせいじゃないな、ってレジしてたら気付いたんです」
賢い……この子ほんと賢い。しかも大人だ。私や喜多の方が子供なんじゃないだろうか。
「説明、してくれますか?」
「もちろんだよ」
一度カウンターに出て、ぽかんとするトキオ君に手で示して一歩譲って貰い、売り物のロールパンを一つ手にして厨房へ戻る。
「こっちのロールパンは今朝私が焼いたもので売り物だけど、昨日の野々花さんのとそう大差ないんだ」
あまり膨らまなかった今日のロールパンも取り上げ並べて台に置く。
「見て分かる通り、膨らみが全然違う。なぜ違うかと言うと……」
「言うと――?」
……これ言うのほんと忍びないなぁ。
「捏ね過ぎなんだ」
「捏ね……過ぎ……?」
きっと今、野々花さんの腕も背中も、めちゃくちゃ疲れてる筈。こんな事ならもう少し見ててあげれば良かった。
だってな、普通の素人は
なぜって、めちゃくちゃ疲れるから。
「捏ねれば捏ねるほど美味しくなるとばっかり……」
「ほんとに申し訳ない。私の説明不足、監督不足です」
小四女児の細腕でまさか、捏ね過ぎまで捏ねるとは思わないよさすがに。