「そうそう、こぼさないように気をつけて」
野々花さんには少し大きいボウルに、さらに少し重いだろう量の粉。さらにスキムミルク、塩、砂糖、イースト。
「お水とか入れないんですか?」
「一緒に入れても良いんだけど、私はここでひと手間だけ掛けるんだ」
「あ、なるほど! 粉だけ先に混ぜ合わせるんだ!」
「そう、正解」
よく混ざったのを確認し、コロちゃんを止めてボウルの中の粉へ指を――
うん。良い感じだ。
大きな計量カップに水を入れ、野々花さんへと手渡す。
「ジャーっと入れてあげて下さい」
「はい!」
そして再び低速でコロちゃんをオン。
「粉っぽさが無くなったら教えて下さいね」
べっちゃりべっちゃりと音を立てるコロちゃんを野々花さんに任せ、さぁ今のうちに成形を進めよう。
昼ピークまでにどんどん焼かないと、カオルさんに売ってもらうパンが足りなくなってしまうぞ。
幾らも進まないうち、自慢の天板二枚挿し三段オーブンからお呼びが掛かる。
先に焼いといたパンの焼き上がりだ。
成形と違って後回しには出来ない。タイマーで焼いてるとは言え余熱がある。
速やかに取り出し棚に乗せて具合を見、問題無しを確認するとともにカウンターのカオルさんへと引き継いで成形に戻――
「粉っぽさ無くなりました!」
「……」
タイマーを見、予想通りの時間を確認。
「オッケー。でしたらバターを投入しましょう」
常温に戻しておいたバターを野々花さんに手渡しコロちゃんを止める。
「えいっ!」
ぺちょん、とバターが投入される。上手い、ちゃんと生地に乗ってる。
「じゃあ
「……コロちゃん?」
野々花さんが戸惑ったのと同時、カウンターのカオルさんがビクッと背を伸ばしたが、今は一旦どちらも忘れておこう。
「こちらもタイマーをセットして、鳴るまで
コロちゃんと調理台とカウンターに視線を彷徨わせた野々花さんはフンスフンスと頷いて、なるほど納得、といった表情をした。
本当に賢い子だ。
今のやり取りだけで縦型ミキサーくんの名前がコロちゃんであり、尚且つそれを名付けたのが母だと理解したらしい。
それほど時間的な余裕がある訳でもない。少し急ぎで成形と焼成を進めよう。
私にできる限りの速さ、さらにクオリティを落とさないレベルで手を動かす。
オーブンが私を呼び、成形後の二次発酵を済ませたパンを空いたオーブンへ放り込む。
コロちゃんと野々花さんにも呼ばれ、仕上がった生地を回収しては袋にしまって冷蔵庫へ。
明後日の月曜は休みだから、この食パン用の生地はひと晩仕様の明日の分だし、さらに仕込みの量も少なくて済む。
昼ピークにはこの間のタカオくんと同様に、野々花さんにはカウンターを手伝って貰おう。
少し早いが今のうちにカウンター仕事をカオルさんからレクチャー受けて頂く事にして、この隙に私は全力で厨房仕事を
焼き立てクロワッサンにベーコンエピ、たっぷりチーズのチーズブールやドライフルーツたっぷりパン・オ・ヴァン。
さらにはシナモンロールや野々花さんが好きなパン・オ・ショコラなんかの甘いパン。
もちろん定番のあんパンにメロンパンやクリームパン。他にもありとあらゆるパンを焼く――
「て、店長ぉ! パン置く棚が足りませーんっ!」
…………ちょっと頑張りすぎたか……
しまったな、ってな顔をしてたら野々花さんに見られちまった。
くすくす笑われてしまったが、どうやらそう悪印象でもないらしい。
じゃあ、まぁ良いか。
体験パン屋さんの初日、少なくとも私にとっては成功だろう。