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第20話 「Trial《お試し》」

 日曜の昼ピーク前、平日と違ってお客の流れが読みにくいが、まぁ大体普段通りの日曜だな。


「どうっすか店長? こいつモノになりそっすか?」


 冷蔵庫に常備している従業員用ジャスミンティーをコップに三ついでくれた凛子ちゃんが言った。


「そんなのまだ分かんないよ。けど手先も器用だし、製菓でも製パンでもきっと平気じゃないかな」


 何種類か成形やらしてみたが実際大したものだ。普段から粉捏ねしてると言うだけある。このまま売っても平気なくらいだ。戦力として数えたって良い。


「ありがとうございます師匠!」


 師匠って。凛子ちゃんに似てノリの良い子だな。


「ひと息入れようか。ありがとう凛子ちゃん」

「へっへっへ。礼ならカオル先輩にどーぞ。作ったのオレじゃねえっすから」


 そう言って綺麗な顔でにやりと笑ってみせる凛子ちゃん。

 確かにジャスミンティーは毎日、前日のカオルさんが沸かして冷やしておいてくれる。ちなみにロケットベーカリーは月曜定休なので凛子ちゃんが作る事は基本的にない。


「おぅ

「なに凛子姉ちゃん?」


 いまようやく明かされる凛子ちゃんの従兄弟の名前。タカオくんっていうんだな。


「パン焼き体験じゃなくてパン屋体験なんだ。カウンターもやれ」

「……確かに一理ある。師匠、カウンターもやってみて良いすか?」


 タカオくんはホント良い子だ。

 最近の子らしく手足は長く、頬に少しのそばかす、冨樫家凛子ちゃんちの家系らしい整った顔。そして好感度の高い爽やか坊主頭にはにかむ笑顔。物怖じしない性格も。


 これは私と違ってモテるだろうな……。


「もちろん良いよ。じゃあそっちは凛子ちゃんに教えて貰って」

「あいっす! 凛子姉ちゃんよろしく!」

「おぅ、オレは店長みたく優しくねぇぞ」



 さて、昼ピークだ。

 だからと言って私の仕事はさほど変わらない。


 ただひたすらにパンを焼き、縦型ミキサーコロちゃんに粉を捏ねて貰うのみ。

 申し訳ないが、お客の入りに右往左往するのはカウンタースタッフだけなんだ。


 今朝の仕込みはいつもより早く来て進めておいたとは言え、タカオくんを構いながらの作業ではやはり少し押してしまう。


 明日は月曜だから仕込みは少ない。夕方ピーク分を大急ぎで進めるとしよう。黙々と手を動かしながら考える。


 それなりに出来るタカオくんでこれだ。


 生地の仕込み、パンを焼くタイミング、色々と考えておかないといけない。やはり野々花さんの体験パン屋さんの前にタカオくんで試せたのは大きい。


 小四の野々花さんはタカオくんと違って、戦力と数える事はできないだろうし、数える訳にもいかないだろう。


 ただな、これだけは間違いない。

 例え野々花さんの体験パン屋さんで作業がいくら押す事になってもだ。

 カオルさんのシフトを――つまり私がカオルさんと一緒にいられる時間を守る為ならば、いくら時間が足りなくても、私がなんとかする。


 それだけは誓う。



「……凄えっすねパン屋の昼ピーって……」


 昼の一時半を少し回った昼ピーク直後、疲れた顔のタカオくんが厨房に戻ってそう言った。


「馬鹿ヤロウ。パン屋が凄えんじゃねえ、ロケットベーカリーが凄えんだよ」


 近くに会社やマンションに専門学校なんかもあって平日の昼もお客が来てくれるが、商店街のほど近くにちょっと大きめの公園があるお陰で土日も繁盛してる。

 ありがたい事だ。


「こんなに売れるんならやっぱりパン屋っすかね?」

「いやぁ、どうだろうな。売り上げはともかく儲けは別だしね」


 さらに挙げればキリがないが、朝も早いしまともな休みもない。私に限れば昼休みだって碌にない。


 でもまぁ、私にはパンを焼く事と人を殺す事にしか能がない。

 その二択なら、パン屋の方が間違いなく楽しいけどな。

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