「はい店長、マスター特製サンドイッチ。それと店長にもコーヒー淹れますね」
「ありがとうカオルさん」
このやり取り、堪らなく幸せなんだよな。
だってよ、ちょっと夫婦っぽく――止せ止せゲンゾウ。それはさすがに気持ち悪いだろういくら何でも。
「ところでカオルさん」
「なんです?」
バックヤードに戻って手を洗い、キャップを被ったカオルさんに声を掛ける。
「明日は凛子ちゃんの親戚が見学に来るんですけど――」
「あぁ、さっきの電話の……」
ここで私の名案の発表だ。
「もちろんお二人が良ければなんですけど、夏休みの間、野々花さんもどうかなって」
「どう――?」
「その……体験……パン屋さん……」
目を丸くしてお互いを見る
……あれ? 思ったより名案じゃないのかコレ……?
しばし見詰めあった
先に声を上げたのは野々花さんだった。
「やりたい! わたしパン屋さんしてみたい!」
「
「それはちょっと前までだもん! さっきのサンドイッチもこの前の甘いパン……」
「パン・オ・ショコラ」
思い出せない様なので助け舟。
「そうそのパン・オ・ショコラも! すっごい美味しくってわたしもうパン党なんだから!」
パン屋である私はパン党ではない。
実際私は朝晩にパンを食べる事はほとんどない。
朝はシリアル。夜は商店街の定食屋で日替わり定食に納豆をつける。言っても男の一人暮らし、まぁそんなもんだ。
話の流れと関係ないが、パン屋は仕事前に納豆はあまり食わない。酵母菌さまの天敵だからな。
しかし、パン屋にとってこれほど嬉しい言葉はない。私が焼いたパンでご飯党からパン党へ、パン屋冥利に尽きるというものだ。
「なに泣いてんだゲンゾウ」
「バッ――バカ野郎、泣いてなんかいないぞ!」
「分かった分かった、ゲンゾウは泣いてねえ。まぁゲンちゃんにしちゃ良いアイディアなんじゃね」
「と言うと?」
喜多の軽口に首を捻るカオルさん。
「
おぉ、
実はそこが一番ネックだったんだ。
私から二人に『学童行きたくないならロケットベーカリーで過ごせば?』と提案すれば、なんとなく素直に頷かない気がしていたんだ。主にカオルさんが。
「そ――そうなんだ。自由研究にもってこいかと、ね」
ここは喜多に乗っかっておく。
そしてうっかり『ゲンちゃん』呼びしてうほうほさえ言わなかった事には目をつぶってやろう。
「ママ良いでしょ?」
「勉強はいつするの?」
「図書館でやるよ! 喜多お兄ちゃんと!」
「何言ってんの。喜多さんだってお仕事あるで――」
「良いぜ。さすがに毎日は来れねえけどよ、週に……三日は来れるぜ多分」
カオルさんのシフトは週に五日。その内三日と言えば五分の三、結構来れるんだなオマエ。
「なら決定だ。日曜と月曜以外の三日、それぞれ二,三時間はこっち来れる様に都合つける。その二,三時間は図書館でゾ⬜︎……――じゃなくって勉強な」
オマエ……まさかゾ⬜︎リが読みたかっただけじゃないだろうな?
……まぁ良い。動機はなんであれ喜多の――いや、ゾ⬜︎リのお陰で
それにアレ……確かいま七十作くらいあるし丁度良いよな。