「ごめんなさい店長。ご面倒お掛けしました」
キャップを被り直して私に謝るカオルさん。
少ししょんぼりしているが可愛い。
「いえいえ、ちっとも面倒じゃありませんよ。賢そうな良い子じゃないですか」
「……えへへ」
愛娘を褒められて照れるカオルさん。ほんとに可愛い。
「じゃ、ここお願いしますね」
「はい! お任せ下さい!」
カウンターをカオルさんに任せ、厨房へ戻り
カオルさんへ耳打ちし、そしてカオルさんがイートインで大人しく本を読み始めた野々花さんを手招き。
ふんふん、と頷いた野々花さんは喜多へ近付き声を掛けた。
「ね、
「…………オ……俺、オに――いさ――ン……」
壊れたロボットのようにギシギシと動き始める喜多。
徐々に硬さが取れ……
「お――お兄さんになんのようだい子猫ちゃん? ってカオルちゃんの娘ちゃんじゃねえかどうしたよ一体?」
「奢ってくれるって言った。さっき」
「おぅ! なんでか忘れてたぜ! なんでも奢っちゃうよこのお兄さんがよぉ!」
よし。
邪魔な置き物は
喜多にあの薄いコーヒー、野々花さんに紅茶。
そしてそれぞれ小さめの甘いパンをひとつずつ。野々花さんはパン・オ・ショコラ、喜多はあんぱん。
残念ながら喜多お気に入りのベーコンエピは売り切れだ。悪いな、人気商品なんだ。
午後のベーコンエピはもう少し増やした方が良いかもしれないな。
「いらっしゃいませこんにちはー!」
からんころんとドアベルが鳴り、カオルさんの溌剌とした声が響き渡る。
さぁ、夕方ピーク、書き入れどきだ。
ぺたこらぺたこら響くコロちゃんの音、ドアベルのからんころん、カオルさんのいらっしゃいませこんにちは。
この時間が最高なんだ。
生地を切り分け成形を進め、つい緩んでしまう頬を肩で拭ったところ、イートインからこちらを覗く野々花さんと目が合った。
野々花さんはすぐに首を引っ込めたが、ニヤついてたとこをバッチリ見られた気がする。少し恥ずかしい。
耳を澄ませば、野々花さんと喜多が他愛ないことを話しているらしいが、私がにやにやしていた、などとは言っていないようでホッと胸を撫で下ろした。
十七時ちょうど、三つ四つのパンを残して客足が途切れた。
「カオルさん、お疲れ様でした。上がって下さい」
「あ、もう五時? ちぇっ、上がるまでに全部売れると思ったんだけどなぁ」
「全部売れますよ。なぁ喜多?」
「おぅ。カオルちゃん、残り全部レジしてくれ」
よく分かってるな。さすが喜多だ――ん?
「バカ。カオルさんは上がりだ。私がする」
「バカやろう! 何が悲しくってゲンちゃ――げふんっ! げふっ! ごほんうほうほ……わりぃ、
ぷふっ――
二つ同時に響く笑い声。
見れば
「良いですよ店長。アタシやりますから」
「やりぃ! さすがカオルちゃんだぜ! サンキュー!」
「いえいえこちらこそ。野々花も奢って貰っちゃったし」
そう言ってカオルさんはてきぱきとパンを包みレジを打つ。
「野々花、ほら」
「喜多お兄さん、ごちそうさまでした」
「おう、いつでも奢ってやんぜ」
ペコリと頭を下げる野々花さんに親指を立てる喜多。
「店長さん、急に押しかけてごめんなさい。パン美味しかったです」
「ありがとうございます。いつでも来てくれて構いませんよ」
私なりに全力で笑顔を作ったつもりだ。
きちんと笑えていたら良いんだが。