シンが変貌したニュー・オーダーに敗れたアリアはそこから数日間、失われた意識の中でそれまでの人生を振り返っていた。
自分が逆に罪を抽出される側の立場となりシンの気持ちがより理解できるようになってしまったのだ。
「あがっ、苦しい……っ」
自身から罪を抽出されるのはこんなに苦しいものだったのか、精神を直接抉り取られているような感覚だ。
「守、クン……」
それでも意識の奥に映るのは守の顔。
彼に会いたいという気持ちが止まらない、しかし自分にそんな資格はあるのだろうか。
自分は大罪を犯した、その結果大勢の無関係の人々を巻き込んでしまった。
その人たちにも家族など愛する人がいたという事は触れ合う中で知って行った。
だからこそ分かった、これは自分への罰なのだと。
確かに罪を償おうと頑張って来た、しかし被害者から見たら到底納得の行くものではないだろう。
「自分だけ好きな人と一緒にいられるなんて、失われた人達は戻って来ないのに……都合よすぎるよね」
そこでモモの家で寝る前に交わした守との会話を思い出してしまう。
その時アリアは"償った先の未来が楽しみ"とも受け取れるような発言をしてしまっていた。
「償おうとしてたのも全部その先の幸せに辿り着くため、最初から見返りを求めちゃってたんだ……」
それはきっと間違いだったのだ、大罪を犯し大勢を巻き込んだ自分が償った所で幸せになって良い訳がない。
自分は一生苦しみ続ける運命なのだ、あのとき逃げ出した瞬間にそれは確定してしまった。
「あぁ、それにしてもこんなに孤独だったんだなぁ……」
シンの気持ちが分かるような気がする。
ここからこの世界の景色、繋がっているシンや自分から抽出されたシナーの目線は見えているというのに何も出来ない。
「シンは罪がない時からこんな事っ……」
これは流石にシンに同情してしまう。
そして自分に嫉妬していたというシンから見えていた景色もよく分かる気がする。
「今なら分かるよ、寂しい気持ち……だって凄く会いたいもんっ……」
脳裏に浮かぶのは守の姿。
シンが母に抱いた寂しさのような気持ちを今の自分は守に対して抱いている。
「きっと守クンは私のこと嫌いになったよね、結局自分の都合しか考えられない私の事なんて……あぁ、でも」
自分からの一方的な守への愛情は留まる事を知らない。
ひたすらに溢れ続けている、誰も受け止める事はないのだろう。
「守クン、やっぱり会いたいよっ……」
記憶を振り返ると自分の事を呼んでくれる守の姿が浮かぶ、懐かしくもあり寂しさの象徴でもあった。
『アリアさんっ!』
心配した時も笑い話の時も守は自分を"アリア"と呼んでくれた、その意味をもう一度考える。
すると突然、その声が直接耳に届いた気がした。
「アリアさんっ!」
その瞬間、アリアの意識は記憶や後悔の空間から切り離され一気に現実へと引き戻されるのだ。
☆
目が覚めるアリア。
肌に直接他人の温もりが伝わる、そして寒いと感じた頃には布で覆われていた。
「大丈夫ですか、俺が分かりますか?」
ボヤけた視界が徐々に明るくなる。
そこに映る人物の顔を認識したアリアはまだ夢を見ているのかと思ってしまった。
「え、え……っ? 何で、守クン……っ」
まだ上手く声は出せない、それが現実だという事を知らせていた。
「すみません、遅くなっちゃいました……」
視界の中では愛する人、守が自分に対し謝っている。
違う、謝るべきは自分の方だと言うのに。
「あっ、あ……」
まだ上手く喋れず口をパクパクさせているアリア。
その二人を見た研究員たちは確かな愛情をそこに見出していた。
「あの、君……」
代表が前に出て守に質問をする。
対する守は代表の態度に敵意を感じなかったためそのまま話を聞いた。
「私たちはこれから逃げ出そうとする君たちをシナーを使い止める事になる、それが聖王さまの指示だからだ……」
「……そうですか」
「きっと険しい帰り道になる、君も命の保証はない。それでも行くのか……?」
その代表の問いに対して守は考える事もせずに一瞬で答えを言い放った。
「アリアさん次第っすね、俺に出来る事は彼女を助ける事なので……でもきっと進むって言うと思いますよ」
アリアはその守の声を聞きながらまだ震えている。
「罪を償って自由を掴むためにここまで来たんですから……!」
その言葉によりアリアは少し力を取り戻す。
ゆっくりと守に寄りかかったまま立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがと……」
そして二人は肩を組みながらその部屋を出て行こうとする、その後ろ姿に少し感銘を受けた研究員の代表は二人に告げるのだった。
「私たちもこの世界に生きる者だ、だから君たちを応援する事を許して欲しい……!」
守は思わず立ち止まってしまう。
彼らがクラウスに連れ去られた時などにいた研究員である事は分かっていた。
「君たちには散々酷い事をして来ただろう、しかし罪を償うという事を君は示してくれた……私もそうしたいっ」
守は代表の言葉を聞いて優しく彼に向かって微笑んだ。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を告げ、守はアリアと共に研究室を後にするのだった。
「っ……」
守たちが去った後、代表はコンピュータを弄る研究員に問われた。
「どうするんです? 既にシナーは放たれてしまってます……っ」
モニターを確認するとアリアやシンから抽出された7体のシナーが既に守たちが向かう道中に配置されていた。
その様子を確認した代表はこう告げる。
「出来る事をするんだ、この世界を守るのは今の我々にも出来るからな」
そしてある作戦を考えるのだった。
☆
M'sシステム本部の廊下を歩く守とアリア。
徐々にアリアも元気を取り戻し今は一人で歩けるほどとなっていた。
「本当に聖王が言ってたの……?」
守はアリアに聖王がシンとアリアのどちらの生み出した概念が勝つのか試しているという事を話した。
「はい、もしかしたらアリアさんには新しい概念を生み出してこの世界も救える力があるんじゃないかって。もしそうなら俺も信じたい」
少し落ち込んだ様子のアリアを元気付けるように守も期待している事を伝える。
「それがどんな概念なのか分かりませんけど、もし出来たら償えるし自由にもなれますっ!」
それでもアリアはまだ落ち込んだような雰囲気を放っておりとても前に進めるような状態ではなかった。
「……思ったの、私なんかが自由になって良いのかなって」
「どうしてですか……?」
「たくさん罪を犯して人を犠牲にして来た、償った所で私は自由になんかなるべきじゃないんじゃないの……?」
「そんな事は……!」
守は自由になるという意味を理解したと言うのにそれがアリアには伝わらない。
その二人のギャップに少し焦りを覚えてしまった。
「っ……⁈」
するとそこへ何か巨大なものが近付いて来るような足音が聞こえる。
一体ではない、何体も。
「さっき言ってたヤツかっ⁈」
守の予感は的中した。
そこにはなんとこれまでに戦って来たシナーが7体一気に現れたのだ。
『ブゥオオオオンッ!』
とてつもないオーラを放ちこちらを睨んで来るシナー達。
一気に攻撃を仕掛けて来た。
「うわぁっ⁈」
床が崩れて下の階に落とされてしまう二人。
『守クン!』
アリアは咄嗟に変身し巨大化した手で守をキャッチし救ったが地下の広いスペースで大量のシナーに囲まれてしまった。
『そんな……』
一度守を地面に置き考える。
『やっぱり罪からは逃れられないのかな……?』
今回のシナーはシンではない、自分自身から生まれた存在である。
そのため自分が犯して来た罪に囲まれている予感がして身震いしてしまうのだった。
つづく